東大アメリカンフットボール部ウォリアーズの軌跡   

企業経営と運動部経営― 共通するフィロソフィー

第5章 運動部は誰のもの?

■日本の大学運動部の位置づけ

大学の運動部は誰のものなのか―これは永遠の問いかも知れません。大学、学生、OBOG、父母、連盟、協会等々、大学運動部周辺には数々のステークホルダーが存在します。

 

大学に所属している運動部なのだから、まずは大学のものだろうと考える人がいるでしょう。しかし、実際はそうとは言えない現実があり、これが日本の大学スポーツの大きな課題でもあるのです。

 

日本の大学の運動部は大学の体育会に所属はしていますが、大学の視点ではあくまで学生が自分たちで集まって活動している任意団体の位置づけなのです。大学としては施設の使用権を認め、教員の中から部長を選ばせてはいるものの、活動上の責任は学生側にあり、ケガ人が出たり、万が一死亡事故があっても、施設の瑕疵等の部分を除けば大学側には責任がないというシステムになっているのです。

 

このように任意団体である運動部は法人格を持たないため、契約の当事者にもなれず、部の名前で銀行口座を持つことすらできません。便宜上の措置として、監督等の個人口座で資金の管理をするしかないのが現状です。口座名義が一応「OO大学OO部監督 XXXX」という名称になっていても、契約上はあくまで個人口座であり、残念なことにこれが不正の温床になった例もありました。

 

私学の場合には、大学の方針により部活の指導者を職員として雇用したり、スポーツ施設に政策的に大きな投資を行うところもあります。しかし部活の位置づけはあくまでも「学生がやっている任意団体」であることに変わりありません。このため、深く関わった一部の人間がガバナンス上の問題を起こしてしまうこともあるわけです。

 

一方、国公立大学では、スポーツ施設はあくまで体育教育優先です。運動部の施設のための投資に重点は置かれず、施設以外の面での補助はほとんど無いのが現状です。こうして多くの学生は安全対策もままならない環境の中で活動を余儀なくされており、万が一事故が起きてもすべて自己負担でそれを解決しているのが現状です。

 

スポーツのすばらしさや、その教育的な意義については多くの人たちが認めています。そもそも大学は研究機関であるとともに教育機関であり、次世代を担う人材を育成する場所のはずです。社会全体が「人材育成のためのスポーツ」という視点をもっと持つようになり、将来のための人材を育成し、社会の活力を向上させるという観点から社会全体で運動部を応援する仕組みができていくことを願っています。

 

実はわが東大で幹部の方々のリーダーシップの下、このような考え方に基づく先進的な取り組みが始まっています。スポーツ活動についても教育・人材育成の重要な活動と位置づけ「東大スポーツ振興基金」を設置したり、私たち㈳東大ウォリアーズクラブと協定を結び、未来社会への貢献に向け共に協力し合う関係作りを進めたりしているのです。お互い、目標は高くゴールはまだ先ですが、私たちにとっては大変有難い、頼もしい変化です。この東京大学との連携については、また別の機会に詳しくご紹介したいと思います。

東京大学HP/㈳東大ウォリアーズクラブとの協定について:

www.u-tokyo.ac.jp

 

 ■日本版NCAAの議論

 

日本全体でもこのような議論はここ数年の間にようやく盛り上がってきました。2019年3月には新たに㈳大学スポーツ協会(UNIVAS)が設立され、そこにはすでに223の大学と34の競技団体が加盟しています。

 

スポーツ庁の呼びかけもあり設立されたこの団体の設立理念は、

「大学スポーツの振興により、『卓越性を有する人材』を育成し、大学ブランドの強化及び競技力の向上を図る。以てわが国の地域・経済・社会の更なる発展に貢献する」とあります。

 

また事業内としては下記を掲げています。

・学びの環境を充実させます

・安心して競技に取り組めるようサポートします

・大学スポーツを盛り上げます

 

UNIVAS設立にあたって一貫して掲げられてきたのが「日本版NCAAを作ろう」というビジョンでした。ご存じの方も多いと思いますが、NCAAとは全米体育協会(National Collegiate Athlete Association)のことで、1906年に前身の団体として設立ですので、既に100年以上の歴史があり、全米の大学スポーツを束ねる組織です。

 

日本の大学スポーツのあるべき姿を追う上で、「大学スポーツ先進国」であるアメリカのシステムに習っていくことはひとつの道であり、私自身も、NCAAがこれまで構築してきたすばらしいシステムの中に、今の日本の大学スポーツの課題解決の鍵が沢山あると信じています。

 

しかし、ここで気を付けたいのは、NCAAの一つの特徴である「スポーツ産業との連携」の部分が強調されがちであること、そしてそのために、日本の大学スポーツがまず第一に取り入れるべきNCAAの本質の部分が後回しになるリスクがあるということです。

 

確かに我々がメディアを通じて見るアメリカの大学スポーツは、いかにもしっかりした経済的基盤の上にあり、潤沢な資金によって素晴らしい環境が学生に与えられているように見えます。これは間違いのない事実で、日本も究極このレベルに行きたいところです。

 

ただ、NCAAがいろいろと課題を抱えながら100年以上も成長を続けてきた根源にあるのはむしろ「大学スポーツは大学教育の一環であり、各大学はスポーツ教育に自ら責任を持つ」というフィロソフィなのです。日本の「部活動は学生が自分たちで集まってやっている」という定義とは対極にあります。

 

これが基本ですから、NCAAは加盟大学に「安全対策を含めたスポーツ環境の維持・向上のため必要な投資を行う」ことを求めます。また教育の一環と位置付けるからこそ、学生に対しては「スポーツと学業の両立」を求め、もし学生が一定以下の学業成績になった場合はNCAA主催の試合には出場停止となります。

 

しかしながら各大学が「安全対策を含めたスポーツ環境の維持・向上のため必要な投資を行う」ことは決してたやすいことではありません。NCAAがメディアを含むスポーツ産業との連携を進めた理由のひとつがこの投資のための資金を調達することでした。各大学とNCAAは協力し、大学スポーツの持つ価値を活用し、そのイベント等を通して様々な形で市場から収入を得る工夫をしてきました。この収入の多くの部分は加盟する大学のスポーツ環境向上のために費やされることになるのです。

 

こうした投資を進めることで大学のスポーツがますます興隆し、優れたアスリートが集まり、そのブランド価値が上がり、さらにそれが収入に結び付くというポジティブな循環を作ってきたのがNCAAです。またこの活動は結果として大学のブランディングの向上や学生のプライド・帰属意識の向上にも大きく貢献しています。

 

NCAAにはもうひとつ特徴があります。それは、NCAAに加盟しているのは、あくまでこのNCAAの考え方に共感した大学だけだということです。NCAAには1,200近くの大学が加盟しており、競技数で23、学生数で46万人という巨大な団体ですが、それでもすべてではありません。大学の中には「学業中心」「研究中心」の位置づけを選びNCAAには参加していないところも数多くあるのです。

 

ですので、「NCAAが加盟大学にスポーツを大学教育の一環とすることを求める」というよりも、本質は「スポーツを大学教育の一環とする大学が自主的に集まってNCAAを作っている」と言うのが正しいでしょう。NCAAはあくまでサポート役なのです。だからこそ100年にわたり、いろんな苦難を超えつつ、一貫したフィロソフィを維持してきたのだと思います。

 

今のNCAAの形をそのままということはないにしても、日本にもしこのような考え方が導入されるのであればとてもうれしいことです。ただ、その道のりは簡単ではない気がします。

 

さきほどUNIVAS(㈳大学スポーツ協会)にすでに223大学が参加しているとご紹介しましたが、それぞれの大学がNCAAの掲げるような「スポーツを大学教育の一環として認める」という体制に移行しなければなりません。しかし、個々の大学にとってこれは経営理念上の根源的な変更であり、また相当なレベルの投資を今後恒常的に行う覚悟を持たなければならないディシジョンでもあります。

 

この投資は物理的な環境に対してだけではありません。大学が毎年責任持ってスポーツ教育を進めていくためには、それを担当する組織を作り、人的な投資も行わなければならず、毎年ランニングコストが発生することになります。決して少額の投資ではありません。

 

もうひとつ乗り越えなければならない課題が、すでに加盟している34の競技団体とUNIVASとの関係です。上記に述べました各大学の経済的負担を考えても、UNIVASがリーダーシップを発揮してNCAA的な資金調達能力をつけていくことが必須かと考えますが、これはその内容からいって、既存の競技団体と相当に綿密な話し合いが必要なプロセスになります。日本の大学スポーツ興隆のためという一点においてぜひ大同団結をしていただきたいところです。

 

いずれにしても、社会が動き大学スポーツの環境を改善することは喫緊の課題ですので、UNIVASがそのリーダーシップを発揮されることを心より願っています。

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■運動部はOBOG会のものか?

UNIVASの動きはあるものの、大学スポーツの現場環境はまだ以前のままです。こんな背景の中、日本の大学スポーツでは、OBOGがその活動を、資金面、人材面で支えてきました。OBOG会費やOBOG個人の寄付が主要な収入源である運動部はまだ多く、また人材面でもOBOGの誰かが、手弁当で、あるいは人生を賭して指導にあたるというプラクティスがいまだに主流です。

 

その一方で、運動部の厳しい上下の序列はOBOG会の中でもそのまま続き、一部の声の大きいOBOGに逆らえない空気が出てきます。こうなると部活動は現実OBOG会の管理下に位置づけられ、OBOG会の意思で、あるいは一部力のあるOBOGの考えで活動方針や監督人事も決まるということになってしまいます。

 

OBOGが自分の出身運動部に対して持っている思い入れはすごいものがあります。この情熱は大事で、現実はこれが現役の部活動を支えている大きな力です。けれども、自戒も込めて言えば、OBOGはここで踏みとどまらなければなりません。時代は推移し、今の学生が今の空気の中でスポーツに勤しんでいるのです。スポーツが人を育てるとすれば、それは今の若者に合う環境の中で進められるべきです。現代の学生が現代の空気の中ですくすくと育っているのを見ることができる、これがOBOGが味わうことのできる最高の喜びと考えるべきだと思います。

 

それではどうやって若者の活動を支えていくのか?ウォリアーズが選択した「支援部隊としての法人」の形は、まだまだ完成度は低いですが、これに対するひとつの答えだと思います。「情熱を持ったOBOG会」はそのまま存続して、現役チームのスピリチャルな拠り所として機能し、一方で法人格を持った支援部隊が、関係者や社会との関わりの中でガバナンス、資金調達を進める。そして関係者が集まり、この法人の管理監督を一定のルールを作って進めていくという考えです。

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■学生のため 

今回の体制変革で、部員の父兄からなる「ファミリークラブ」を正式に立ち上げました。「ファミリークラブ」は部員の家族の交流や連携を深め、部員の活動を応援していくことを目的にしています。2019 年度のシーズンで部員が190名を越えるウォリアーズでは「ファミリークラブ」会員も300名を越えています。

 

今の学生たちと親御さんとの距離はとても近いようです。数十年前では考えられないことですが、学生は大学での授業や部活のことをよく家族に話します。家族の方々も熱心に応援してくれて、試合にも大勢が足を運んでくれます。年に数回行う父兄の集まりには全国から参加があり、部活動の内容や安全対策、栄養管理など幅広い項目で熱心な議論になります。

 

この熱心さが、新しい体制を作り、それをドライブする上でどれだけ支えとなったかわかりません。同時に、この親御さんたちの気持ちに接して、私たちの拠って立つべき原点に気づかされました。それは「この子たちにすくすくと育ってほしい」と思う純粋な親心です。

 

これこそ私たち「サポーター」が学生に向けるべき視線なのだと感じました。部活動は「誰のものか」ではなく「何のためか」というところに戻るべきだと気づかされたのです。そして何の疑いもなくそれは「学生のため」なのです。

 

スポーツから多くを学んだ学生が社会に出て活躍する、これは社会の将来にとって素晴らしいことです。だからこそ学生がもっと伸び伸びとスポーツに打ち込める環境を作るべきであり、そこで成長した学生が社会に出ることで社会がさらに発展する、いわば将来への投資です。

 

私自身、学生時代にフットボールを経験したことで自分のビジネスパーソンとしての人生をエンジョイできたと思っています。

 

自分の心の中には常に「自分はウォリアーズだ」というアイデンティティがあり、それが自分の拠り所となりました。体と心の中に蓄えられたエネルギーは社会に出たあと、何度も自分を救ってくれました。また、フットボールによって素晴らしい仲間を得ることもできました。どれもが人生を前向きに、エンジョイしながら進む原動力となりました。この法人の仕事を引き受けたのも、フットボールへの感謝、フットボールへの恩返しの気持ちからでした。

 

しかし、今の日本の仕組みでは、十分なスポーツの環境が学生には与えられていません。学生だけでがんばってそれを得ようとしても不可能です。だから、大学やひいては社会がもっと学生に手を差し伸べよりよい環境を提供するべきです。

 

これまでの大学スポーツのステークホルダーには「社会」というプレーヤーが入っていなかったように思います。ステークホルダーとして社会全体でこの機運が盛り上がってほしいと願っています。

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次章 第6章 森オーガナイゼーション に続く

 

 

コメント

加藤 政徳さん

2018年度ファミリークラブ(父母会)会長(初代)/㈳東大ウォリアーズクラブ代議員

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「彼らは、一生懸命に自分の役割を果たしているのだから、学生に文句を言わないでください!文句なら私に言ってください。」

 

昨年の、ある試合会場でいつもは穏やかな好本さんが試合を観戦に来られたお客様に強くお願いをしておられた。この光景に私はえらく感動しました。

 

学生アメフトのフィールドは学生の人間教育の場である。大人が自分の不平不満を学生にぶつけてどうする。頑張っている学生達の成長を温かい目で見守ってほしい。好本さんの背中からはそんなメッセージが発信されていました。

 

「日本一になれる可能性のある部活だから」「このチームのメンバーと4年間を共にしたいから」確か、そんな理由で息子は東大ウォリアーズでアメフトを始めました。東大がスポーツで日本一になるのは並大抵の事ではない。たくさんの仲間と苦楽を共にしながら、大きな目標に向かって行く中で必ず自分も成長できる、そう思うと、きっと心がワクワクしたのだと思います。その息子のお陰で、私はこんなにも素晴らしいスポーツと出会うことができました。そして最終学年の時には法人化という大きな転機に関わらせていただくことができました。

 

保護者の方々とご一緒させていただいて最も強く感じたことは、ファミリークラブは学生達を見守る「美しい空気」を自然に作り出しているということです。保護者の一番の願いは、安全です。怪我をしないでほしい、毎日元気に頑張って欲しい、そういう思いで応援しています。

 

そして、次の願いは、人間としての成長です。自分の置かれた立場で、チームのため、皆のために、必死になって努力を続け、アメフトを通じて、人として成長してほしい。ただアメフトが上手くなって、試合で勝ってほしいだけではない。この不確実で、我々の頃とは全く違う難しい社会のお役に立てる強く逞しい人間に育ってほしい。

 

体と技は引退すれば自然に少しずつ低下してくるでしょう。しかし心だけは引退後もずっと成長し続けられる。その心の中心になるものをアメフトを通じて自分なりに掴み取ってきてほしい。いわば「成長の要諦」のようなものです。

 

例えば、平凡で当たり前の事を、徹底的に繰り返し、いかなる状況の中でもそれを出来るようにする。そう言った小さな努力の積み重ねでしか心は磨けないんだということ。感謝や協力を忘れるとチームワークが途端に弱くなる。どんなに強くても勝負に負けることもある、だからいつでも感謝を忘れてはいけないのだということ、などです。

 

法人化されて、組織力が上がった事で、ウォリアーズは保護者の願う方向へ進んでいると思います。後はメンバーひとりひとりの心次第です。

 

ファミリークラブの保護者の方々は皆、チームに関わる全ての人に対して、尊敬と愛情を持っています。対戦する相手チームの選手に対しても、その素晴らしいプレーには思わず拍手をしたり、負傷者がでると敵味方関係なく皆で心を痛めていたりしました。自分の子供のことだけでなく関係する皆のこと、チーム全体のこと、相手チームのことまで心配をしています。そう言った美しい空気に包まれて、チームを応援出来たことで、我々保護者もアメフトから、ウォリアーズからたくさんのことを教えていただきました。

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2018年度4年生と保護者の集合写真

 

第4章 売った数字か売れた数字か

この章では、私が日本マクドナルドで8年間お世話になった原田泳幸氏から教わり、自分が経営者としての基軸としてきたフィロソフィをご紹介したいと思います。また、原田さん(以下敬称略)が経営を進める時の雰囲気と森がチーム強化を目指し指導する時の雰囲気、この両者に不思議に共通して見えてくるオーラについてもお話をしたいと思います。

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■経営とはプロアクティブネス

ご存じのように原田はアップルコンピュータ株式会社(日本法人)のトップから2004年3月に日本マクドナルドのトップ(CEO)へと転じ、以降10年間、マクドナルドのブランドイメージ立て直しと急速な業績回復を果たした経営者です。

 

アップル時代に知り合いだったこともあり、原田の就任後に呼んでいただき、私もこの改革プロセスを傍で経験することができました。私が在籍したのは2005年から2013年までの、一部期間を除く約8年間です。

 

急速でドラスティックな改革の渦中で多くのことを学びましたが、その中でも私が一番大切にしているのが、彼の経営のフィロソフィで、

「自らアクションをプロアクティブに決定しそれを躊躇なく実行する力、これが経営の質を決める」

という考え方です。

 

経営は決してリアクティブになってはならず、24時間365日プロアクティブでいなければなりません。与えられるリソースは常に限られます。特に時間というリソースは最も限定的であり、競争相手も同じ環境の中で必死に動いています。この中で、時間を最大限効率的に使い、他のリソース(人材、資金、ブランドetc.)を活用して、いかに顧客に対し自分に有利な影響を与えることができるかが勝負になります。ビジネスの展開として「待ち」や「様子見」のフェーズになることはもちろんありますが、それとても自分がプロアクティブに判断した結果として取るべきアクションであり、単なる「待ち」など論外なのです。

 

マクドナルドで原田は経営陣や管理職社員によく、「それは売った数字か売れた数字か」と問いかけました。そこには「自然に売れた数字に浮かれてはいけない」という意味もありますが、もっと大事なのは、どれだけ自分で「売ろう」とするアクションを起こしたかという部分です。

 

実際には予想外に自然に売れることもあるし、売ろうとしても目論見が外れることもあります。しかし大事なのは、その両方から冷静に学びつつ、その学びを「自分から売る」アクションに転化させていくこと、実際の売り上げの中で「売ろうと思って売れた」部分をどれだけ高めていくかであり、これが強い会社を作る根源であるという信念なのです。

 

それではどうしたらプロアクティブに「売る」姿勢を維持できるのか、そのための大切な要件を原田は自らの行動で私たちに示していました。

 

ひとつは徹底的に顧客の行動や心理を調べて考える「分析力と執念」、もうひとつはこの分析をベースにして「ひらめき」を生み出す創造力、そして最後に、ひらめいたアクションを誰が何と言おうと実行に移す「勇気」です。

 

顧客や市場の情報は今の世の中溢れるほどあり、これらの情報の中には経営のアクションに結び付く沢山のImplication(含蓄)が隠されています。マクドナルドは典型的なB to C、しかもマスマーケットを相手にした消費者市場ビジネス。だから最も大事な情報は顧客の行動から得ることができるはずです。そこでまずは、得られる情報を、効率的に、ロジカルに、かつ自分なりの仮説も頭に置きながら徹底的に読み込み、分析することが出発点になります。

 

ここで気を付けなければならないのは、これらの情報の中に具体的なアクションプランは書かれておらず、また情報やデータをいくら分析しても何が「市場の事実か」100%の証明はないということです。情報を頭と体感を使って消化したのちに結論として出てくるアクションプランは経営上のひらめきであり、そのプランは元の情報から必ずしも数値的に証明されるとは限りません。でもそのひらめきは、経営者として、事業責任者として「こうに違いない」と思い込むことのできる信念であり、ビジネスを語る上では「ロジカル」に響くものになっているはずです。

 

もし情報から数値的、論理的、必然的に導かれるアクションを求めようとしても、そんな都合のよいアイデアはまずなく、万が一あれば早々に誰かが使っているはずです。そもそも超論理的に結論出そうとしたらいくら時間があっても足りなくなります。

 

こんなふうにしてたどり着くアクションプラン(ひらめき)ですから、これを実行に移そうとするとき、自分としても一抹の不安が残っていたり、周囲からのネガティブな指摘に晒されたりすることがよくあります。ここで求められるのが経営者/事業推進者の「勇気」であり、「限られた時間とリソースの中で最適と信じる結論を導いた。これを自分の責任で一刻も早く実行に移すことが私の仕事」と言い切る迫力です。

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原田泳幸

 

マクドナルドの改革

それではマクドナルドの例で少し具体的なお話をしたいと思います。

 

まずは情報の取得です。

 

当時3,000店舗を越す全国のマクドナルド店舗に、年間で何と延べ16億人の顧客が来店していました。1か月に日本の総人口以上の数が来店していた計算です。試しにこの16億人が列を作ったとしたらどのくらいの距離になるのだろうと計算してみると、なんと地球と月を往復する距離になる(約80万km)というすごい人数です。この16億人の行動や反応を丹念に拾っていくことで経営判断のための多くの情報を取ることができます。

 

ひとつはレジの記録です。どんな時期、日時にどんなタイプの注文があったのか、そこには膨大なデータがあります。

 

もうひとつがお客様窓口(お客様サービス室)に来る顧客の声です。これだけの顧客数、取引数ですからさすがにお客様窓口には多くの声が寄せられます。これを担当者がひとつひとつ誠意を持って対応していきます。寄せられる声は不満があった時のものが圧倒的に多いわけですが、これは店の現状を表すとともに、不満は顧客の期待の裏返しであり、ここにも膨大な情報があります。

 

そして次が「ミステリーショッパー」による店舗サービスの評価結果です。これは覆面調査員が毎月店舗に顧客として行き、決められたサービス項目をチェックするシステムです。実際の顧客ではないのですが、顧客の目からみた各店舗のサービスレベルやその状況をつぶさに見て、詳細な報告をあげます。ここにも経営にとって有益な情報が満載です。

 

社員を通して情報を取ることも大事です。この事業を長年経験し、店舗の隅々まで理解している彼らは、顧客の声の代弁者であるとともに、顧客の声にどう応えるべきか常に考えている人たちでもあります。直接の対話もさることながら、社内の会議や何気ない会話からの情報取得も大切です。社員は店舗で何を感じているか、何を語ろうとしているか、そのサインを見逃さないのです。

 

原田はこんな表現で現場の大事さを教えていました。

「子供は親の鏡、店頭で起こっていることは全て経営者の鏡、経営の命題を発見しに現場に行け、子供は嘘をつかない、部下からの学びが無い組織は死んだも同然。」

 

こうしてあらゆるソースから徹底的に顧客の動きの分析を繰り返す中で、原田体制として、「売る数字を作るため」のアクションの初期のプライオリティが浮かび上がってきました。

 

最大のプライオリティは顧客サービスにとっての非常にベーシックな要件の部分でした。それは「すべての顧客にとって最も大事な要素は、店舗の中が清潔で、出てくる品物の品質が保たれていて、これを提供するサービスがきちんとしていること」でした。当たり前かもしれないが、この当たり前が当時維持されていなかったのです。

 

当時は1990年代の店舗数急拡大の直後でした。新店舗の場所や形、大きさに妥協があったり、増加した店舗を支えるための社員のトレーニングや育成が間に合っていなかったかもしれません。もちろん店舗で働く人たちは、まじめに一生懸命にやっていたのですが、結果としてベーシックな部分で顧客の満足度は十分でない状態と判断しました。

 

次に注目したのが、同じベーシックでも、特に昼のピーク時におけるサービスレベルでした。マクドナルドの売り上げは今でも昼のピーク時が最も高く、当時はその傾向が今より顕著だったと思います。顧客としても「マクドナルド=ランチ」のイメージが今以上に強く、ランチに来てくれる方々はマクドナルドが「売る」相手としては非常に重要な顧客なのです。

 

この顧客にとっても「店舗が清潔で、品質がよく、サービスが良い」ことはミニマムな要件になりますが、その中でも「スピードと正確性」については特段の良いパフォーマンスが期待されることになります。

 

昼食の時間は限られている上に店は混んでいます。こんな時、自分の欲しいものが1秒でも早く出てくることが大事で、もし注文の品が正確に出てこないなんてことなると顧客にとってはとても面倒なことになります。

 

こんな時に、もしスターバックスのように「今日はいつもと違うものをお飲みになるんですね」なんて言われても、残念ながら「気の利いた会話だ」とは思ってくれません。「そんなことより早く出して」と思われるのがオチです。でも決してツッケンドンな態度でいいのではないのです。マクドナルドスマイルを崩さず、超迅速に、正確に、注文通りの品を溌剌とした雰囲気で事も無げにお渡しするのがマクドナルドのプライドです。

 

しかし当時、この昼のピーク時のオペレーションも必ずしも十分な顧客満足を得られるレベルではありませんでした。この原因も上記の店舗運営のベーシック(清潔、品質、サービス)の問題と同根だったと考えられます。現場では社員やパートスタッフが与えられた環境の中で一生懸命凌いでいるという状況だったのでしょう。

 

原田は、この2つの課題を解決しない限り、何をやってもこれからの成長はないと直感し、戦略的店舗閉店に踏み切りました。事業としては少しでも売り上げを維持したい時期であり、何とか現状の店舗を維持しながら事業を改善できないのかという議論もありました。

 

しかし、マクドナルドのような消費者ビジネスで、来店のたびに顧客が「がっかり」を繰り返した場合、あっという間に悪循環に陥り客足は救いようのないレベルまで減少するリスクがあります。いったん店舗数を減少させ、多少時間をかけてでも、ブランド価値を維持、向上させ、そこから再スタートするべきという判断です。新店舗の開設もしばらくの間慎重なペースで行いました。そしてこの戦略は、店舗の物理的改善だけでなく、人材を育成し、サービスレベルを上げるための時間も稼いだのです。

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一方で、原田は当初からあるひらめきを持っていたと思います。実は、店舗の状態やサービスのレベルが「本来あるべきレベル」に到達するより前でも、顧客はそのレベルが急速に改善していることを発見すれば必ずポジティブに反応してくれると。

 

こうして事業の基本的な改善が始まり、その効果が出始める中で原田は顧客を店舗に誘導するための施策を打っていきます。

 

100円マックはそのひとつです。2005年6月にハンバーガー、シャカシャカチキン、マックシェークなど6種類の商品を100円マックと位置付けてプロモートを開始します。これに対しても様々な議論がありました。それ以前、いわゆる「低価格路線」や価格の頻繁な変更でブランドイメージ低下があったことから来るトラウマや、少しでも利益の欲しい時に100円という価格で売っていいのかというためらいの声もありました。

 

これに対し原田の考えは一貫していました。まずは顧客を店舗に呼び戻すことが先決、そのためにはシンプルで分かりやすくかつ顧客にインパクトを与えるプライシングが必要。店舗に来て満足な体験をすれば必ずリピーターとなる。それに100円マックを目指して来店する顧客の中には、必ずそれ以外も購入する顧客がいて、その数は増えてくるはずという信念でした。結果はその後の業績向上がそのまま物語っています。

 

2008年2月にはそれまでに比べ格段に高い品質のコーヒーを導入し、「至福のコーヒータイム」としてこれも100円マックの仲間入りをさせました。これは3,000店舗以上というサイズを活用し、日本市場をリードするコーヒー会社の協力を得て、大量仕入れすることで高品質のコーヒーを100円という価格で提供するという試みでした。今でこそコンビニエンスストアで同様の品質、価格のコーヒーが手に入りますが、当時はコンビニにはこの種のコーヒーはなく、日本市場ではマックが先鞭をつけた、というよりこれも原田の経営者として「ひらめき」のひとつだったわけです。

 

この結果、コーヒーの売り上げ自体、それまでの年間1.7億杯から2010年には3.3億杯と飛躍的に向上したのですが、経営上非常に重要だったのは客足の増加、そして満足を得た顧客がコーヒーだけでなく他の商品を目的として再度来店するという客足の循環でした。

 

「ひらめき」というと勘を頼りにした判断にも聞こえがちですが、すでに話したようにひらめきに至るには深い考察、洞察と自分の仮説立証のプロセスがあります。時には、顧客の言うことそのままには従わないという「ひらめき」もあります。

 

マクドナルドでの典型的な例が「サラダ」に代表される「栄養のバランス」の話です。マクドナルドの顧客にはファミリー層も多く、お母さんのグループや家族がお子さん連れでというシチュエーションも多くあります。そんな人たちにマクドナルドでどんな商品を開発してほしいか聞くと決まって栄養のバランス、サラダという話が出てくるのです。そのままの議論が社内でも起こることもありました。

 

もちろん食事のバランスは大事。お母さん方は一生懸命でしょう。でもマクドナルドが本気でサラダを出しても売上は上がらないだろうというのが原田のひらめきでした。

 

顧客はトータルとしてバランスを取ろうとする。マクドナルドに求めるものはそのうちのマクドナルドが得意とする部分だけだ。ファンシーなサラダを頑張って作ってもそれはマクドナルドの売上額や売上構成を大きく変えるものにはならない。

 

バランスは顧客が取るもの、むしろマクドナルドはそのバランスの中で自分の強みを活かした商品提供に力を入れるべきだ。マクドナルドの強みと言えばそれはやはり牛肉なのです。これも大量仕入れが功を奏し、また日本の場合オーストラリア、ニュージーランドの生産者との長年の信頼関係もあり、高い品質の牛肉を他にはまねできないリーズナブルな価格で提供できているのです。

 

原田はこの強みを活かして、「牛肉」にフォーカスしたプロモーションを効果的に打っていきました。メガマッククォーターパウンダーがその例で、この活動は、上記の店舗のベーシック環境向上、顧客トラフィック増加のための100円マックと並びマクドナルドのブランド回復と業績の急速な向上に大きく寄与しました。

 

徹底的な情報の分析、それに基づく経営的ひらめき(アクションプラン)、そしてそれを躊躇なく実行していく勇気、この原田の教えは、法人(㈳東大ウォリアーズクラブ)を設立し事業を立ち上げたこの1年半、私自身にとっての大きな精神的支柱になりました。

 

資金のショートが見え時間は限られている。もうアクションを起こしていくしかない。前例はなく、今ある情報で判断し、現時点で最適と思われる行動を進めていく。周囲の人たちは全体像を持たないわりに個々の事象を見つけては自論を展開してくる。そんな中で頼りになるのは「事を前に進めるのは自分しかいないんだ」という気持ちでした。

 

止まれば倒れる、なんとかあそこまで早く行かなければならない。こんなときに見物客から「立ち上がって歩いたら転ぶかもしれないよ」と言われたとしてもそれは無視するしかありません。

 

原田の教えがこんなシチュエーションで有効に働くとは私自身思ってもいませんでした。

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■森の教え - どうやって勝ちにいくか

原田は経営陣に徹底的に「売りにいくこと」を説きますが、森は部員に徹底的に「勝ちにいくこと」を求めます。

 

「第一章 勝つイメージを作れ」でも述べましたが、ウォリアーズの活動のゴールはあくまで秋の公式戦で勝つことであり、すべての練習や活動はこのゴールに向かって組み立てられます。そのため「どんなレベルになれば勝てるか」のイメージを最初から作り、そのレベルになるための計画を作り実行していくのです。

 

森は、選手に今の自分の能力を冷静、客観的に把握する努力を常に求めます。同時に、どんな局面でも自分が今持っている最高のパフォーマンスを出そうとする強いメンタリティを持たないといけないと教えます。

 

特に練習試合の時に強調するのが「どんな相手であっても、すべてのプレーで、全力で、自身の最高のパフォーマンスを出す」という姿勢です。強豪校に対してひるんで腰が引けるのは論外、格下の相手に力を抜くのはもってのほかという教えです。選手は現在の自分の最高のパフォーマンスレベルが今どんなレベルにあるかを常に自覚・理解しなければなりません。

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特に自分より格上の相手にぶつかることは、自分の最高レベルを出し、今の相手(自分が到達すべきレベル)との差を実感できる絶好のチャンスになり、ここが自分の出発点となります。これができれば、今後どこまで自分を高めるべきかを体に覚えこませることができるのです。自分の現時点での最高のプレーが頭の中にあれば、それをどう引き出すかの努力につなげることができます。

 

また、ひとつのプレーで自分が相手に勝ったからと言って浮かれてはいけません。自分の最高のプレーはできていたのか、どうして勝てたかを考えるのです。相手のミスが原因になって勝つこともあります。相手のミスはこちらの力では再現できませんが、もしこちらからミスを誘っていたのならば、そこには再現性があり、評価に値する能力です。そのミスに乗じてさらに相手を押し込んだとしたならば、なおさら良いパフォーマンスとなります。

 

これからさらに高いレベルを目指そうとするとき、今の自分の最高のプレーは出発点にすぎません。森はそう選手達に指導します。森が本当に選手に求めているのは、理屈よりも強くなりたいという執念かもしれません。フットボール未経験者が限られた活動時間で最速に成長していくためには、あらゆるチャンスをものにし貪欲に成長しようという執念が必要です。

 

「俺たちはアスリートとしてはまだ二流だ。だが、やり方次第で『舐めてかかってくる一流』には勝てる。でも俺たちがやるべきことをやっていなかったら勝機は絶対にない」ある日、ハドルの中で森はそう選手達に言葉をかけました。

 

こうして迎えた2019年度のTOP8での公式戦、試合開始前のハドルで森は毎試合同じメッセージを繰り返しました。

 

‐ 練習と同じことをやれ。俺たちは勝つための練習をやってきたはずだ。練習でやったことをそのまま出すことが勝ちにつながる。タックルする時はグランドに足をつけてしっかり足をかくことを忘れるな。気持ちが先走って飛び込んでいくようなタックルはするな。

‐ 思いっきりやって失敗してもいい。躊躇はだめだ。失敗するかもしれないと考えて躊躇があったら練習通りにはできなくなる。練習通りを思いっきりやってこい。

‐ 万が一失敗しても、絶対に後に引きずるな。目の前のプレーにだけに集中して100%を出せ。目の前のプレー以上に大事なものは何もないと思え。

 

これらは勝つためにあらゆる努力をしてきたことを思い出させ、勇気を与えるとともに、今日が本番で、今日勝つためにこれだけつらい思いもしてきたことを自覚させ、だからこそこれまでの努力通りのパフォーマンスをぶつけようというメッセージなのです。

 

そしてTOP8での戦いでこれらに加えて強く協調したのが次のメッセージでした。

‐ 試合の流れの中で「ここが勝機だ」という展開が必ずやって来る。そうした時にみんなの集中力を100%以上に上げろ。やることは練習通りだ、でも「ここが勝負だ」という気持ちをみんなで込めろ。

 

森のメッセージは一貫しています。同じ言葉を何度も言うというだけでなく、様々な表現で発信しながら、いくつかの最も大事なメッセージについて繰り返し何度も伝えているのです。こういったメッセージは日々の活動やコミュニケーションを通じてチームメンバーの頭と心に蓄積され、次第に皆のエネルギーが同じ方向を向き、気が付くとチーム全体がひとつになり団結力が生まれています。

 

森自身が筋の通ったフィロソフィを持ち、すべての活動を「勝つため」にフォーカスしているために、学生たちにも分かりやすいメッセージになっている部分はあるのですが、同時にそのメッセージの伝え方に森の特徴が出ます。

 

彼は自分の考えを伝えるとともに、常に学生に問いかけています。「勝ちたいよな?」「やっぱり俺たちは勝つためにやってるんだよな?」「じゃあ勝つためにはどのくらい強くならないとだめだと思う?」「そのレベルに行くためには何をしたらいいと思う?」こういった問いかけがあり、学生が考え答えにたどり着いているからこそ、森の考えは納得感を持って学生に受け入れられているのです。

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こうしてみると、強い企業を作ることと強い運動部を作ることに共通の要素が見えてきます。「相手」が誰かを意識し、その相手を徹底的に分析し、それに対し自分が何ができるかを突き詰め、決まったアクションを勇気を持ってとことん実行する。企業であれチームであれ、「集団」が強くなりパフォーマンスを上げるようになるためには同じことが必要なんだということでしょう。

 

ところで、メッセージの一貫性という意味では原田も経営者として同じ姿勢を貫いています。原田の場合、まずは自分自身を厳しく突き詰め、またその「ひらめき」に天才的なところがあり、周囲の幹部社員はそれについていくだけで精一杯になってしまうことがあります。しかし、時間を少しかけていけば「なるほど」と唸るほど経営的一貫性が見えてきます。

 

原田はドラムの腕前がプロ級で、自ら主宰するジャズバンドのコンサートを開いたり、実際にプロのミュージシャンとコラボしたりするという一流のドラマーなのですが、その彼が一度こんなことを私に言いました。

 

「ドラムというのは曲のリズムを決めてバンド全体を支配できる立場にあるんだけど、一方で他の楽器と違ってそのリズムを絶対に崩してはいけないという宿命を持っているんだ。アドリブを入れて一人自由に演奏したりできない、その分つまらないとも言えるんだ。」

 

経営者、リーダーも同じなのではないかと思います。その集団のゴールを定め、全員をそのゴールに向けて動かし結果を出させる。ゴールに向かっての全員のリズムに常に耳を傾け、ズレが生じないよう、一貫したリズムのタクトを振るのが指導者の役割になるのでしょう。

 

原田と森にはもうひとつの共通点があります。それは2人が指導者として行動している時に発している雰囲気、オーラです。2人ともゴールに向かってあらゆる努力を傾注していくという「凄み」を持っており、その執念はファナティック(熱狂的)ですらあるのですが、同時になぜか常に冷静で理性的な雰囲気が漂うのです。

 

これは2人が、ゴールを成し遂げるために何が必要か、常に考えに考え抜いているからだと思います。2人の共通点はゴールを成し遂げることの「本気度」です。「本当の本気」で何かを成し遂げようとしたとき、決して「精神論」にはならないはずだからです。

 

倒れるまで頑張るのではなく、与えられたリソースの中でどうやってゴールに到達するか、考えに考え抜き、もっとも投資効率の良いやり方で全体を動かそうとするはずです。そして何をどう動かそうとしているかその構成員に分からせ、彼らのモチベーションを高めることで全体の力を最大限に出させようとするはずです。

 

こうした考え方に合意ができている集団は、ゴールに向かう気合はファナティックであっても、その行動においては冷静さや理性の雰囲気が出てくるものです。

 

ブログの第一回目にも述べましたが、こういう指導者のこんなやり方がもっと日本の企業に取り入れられたら、優秀な日本のビジネスパーソンたちはもっと活性化され、結果、企業も活性化され経営者にとっても社員にとっても、勢いのある活躍の場が提供されることになるのになと考えています。

 

次章 第5章 運動部は誰のもの? に続く。

 

コメント

関 剛夢さん

東大アメリカンフットボール部2019年度主将

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 2019年春、部の歴史で初めてウォリアーズはTOP8のチームとして始動し、秋の公式戦を展望して練習試合がいくつも組まれました。TOP8であることのプライドを持ち、そこで戦うことを待ち遠しく思う反面、正直なところ部員は大きな不安を抱えていました。私たちが本当にTOP8で戦えるのだろうかと。

 

こんな時、森さんからは大変ポジティブなメッセージが出されたのです。

「今年のチームでTOP8のチームを圧倒して優勝するレベルになるのは難しいかもしれない。だが、今年のチームもTOP8のどの相手にも勝つチャンスは絶対にある。だからどうしたら勝てるか、真剣に考えそれを実行していこう。」

 

このメッセージを受け、私たちも、まだ力不足だが同じ土俵に立ったからには勝つチャンスがあると信じよう、一泡吹かせてやろうと意気込みました。

 

しかし、春のシーズン、ウォリアーズは強豪校との実力差を見せつけられる形で負け試合を重ねました。

 

自分たちは森さんの言う「勝つイメージ」を追求してきたつもりが、実は実力差を客観的に把握しないままに、その差を埋めるのに十分な準備をしないままに「もしかしたら勝てるかも」とただ期待していただけだったんじゃないか、「勝つチャンスがある」という考えにすがり、甘えていただけなんじゃないかと、自問自答の日々でした。

 

でも、そんな春シーズンを経ても、森さんのメッセージは一貫していたのです。

「このチームに残された時間と、他のチームとの間にある実力差とを鑑みると、このチームが始まった時よりも苦しい状況になったかもしれない。でもそれでも勝つチャンスは絶対にある。」

 

これに加えて森さんは、秋の公式戦開始直前にこんな事を皆に言ったのです。

「今年の戦績を上げる事だけを考えれば、実力差のある上位校との試合は流して、下位校との試合に照準を絞り残留を目指すという考え方もあるかもしれない。しかしそれではいつまでも残留しか目指せない。ぼろぼろになるかもしれないが、どの相手にも本気で勝ちに行く」と。

 

森さんのフットボールに取り組む姿勢は常に最高峰を見据えたものであり、これがぶれる事はありません。また、その根底には「勝負するからにはどんな結果もあり得る、だから勝つための努力を惜しまない」という勝負に対する執念があり、これが次第に今年のウォリアーズにも根付き始めました。

 

秋の公式戦が進む中で、私たちの気持ちも急速に変化していきます。どの試合も厳しい戦いになるが、それでも勝つ可能性は必ずあると信じよう、そして勝つために何をすべきかを考え、それを練習で身に着け、試合で出し切ろうと気持ちが高まっていったのです。格上の相手に対しても「もしかしたら勝てる」から「勝つチャンスがある」という意識に変わっていきました。結果的には一勝に終わりましたが、来年につながる経験を重ね、春から見れば大きく成長することのできたシーズンでした。

 

創部以来成し遂げていない「日本一」というミッションを果たす事、これはこれからのウォリアーズにとって大きなチャレンジです。しかし、ウォリアーズにとって最も重要なチャレンジは、まずは最高峰にふさわしい姿勢でフットボールに取り組む集団へと変わっていく事なのだろうと思います。そうすれば日本一も見えてくるはずです。

 

ウォリアーズはこれからそんなクールな集団に必ず変わっていけると心から信じています。

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ウォリアーズ2020年度主将の記事紹介:
3月にアメリカで「日本代表vs.米育成プロリーグ選抜」の試合が予定されていますが、この日本代表チームに2020年度ウォリアーズ新主将・唐松星悦(からまつ・しんえ)が選抜されました。添付はベースボールマガジン社のネットニュースで、唐松のことが特集されていますので、ぜひお読みいただければ幸いです。

第3章 法人の設立

 ■何が起きていたか

きっかけはOBOG会の一部リーダーからの呼びかけでした。

 

60年の歴史のあるウォリアーズを本当に日本一が狙える強豪にしよう、そのためには優秀なプロの指導者と契約し、その給与や、日本一になるための活動環境づくりに投資できる資金調達力をつけていこう、という内容でした。

 

そのための初期資金として、OBOG会の有志が集まりかなりの金額を集めることができたためこの動きは始まり、森ヘッドコーチも就任し新しい体制がスタートしたのです。ところが、新しい体制がスタートしたこの段階で、これを将来的に、恒常的に支えていく財政的な計画や、運用のための仕組みがまだできていなかったのです。

 

ちょうどその頃、私が一時期セミリタイアし、次の仕事を探していたタイミングだったこともあり、先輩から「新体制の設計図書きを手伝ってくれ」と声がかかったのが足を踏み入れたきっかけでした。私自身40年間フットボールの現場から離れ、OBOG会との関わりもあまりなく、この新しい動きの内容も詳細は知らなかったので、「設計図書きだけの手伝い」のつもりで飛び込んだのです。

 

しかし、入ってみると想像以上にきびしい状況であることに気づきました。体制立ち上げのための初期の資金はかなり集まっていたものの、早晩これが底をつくことは明らかでした。「今後これだけの金額を集めていけば新体制は成り立つ」という話で進んでいても、実際に「これだけの金額」をどう集めるか、計画は無いに等しい状況でした。

 

設計図を作る使命で飛び込んだ私でしたが正直、真っ青、というより目の前が真っ暗になったのを覚えています。

 

なぜこんな状況になってしまっているのか?

 

声を最初に挙げたリーダーたちは、もちろん本気でウォリアーズを強くしようという考えですし、そのためのリーダーシップも示していました。ビジョンを示し、OBOG会に協力を訴え、組織としての了解を得て新しい体制に踏み込んだはずでした。

 

一方、すでに1,000名を超えているOBOG会の会員たちも、このビジョンや新しい動きに対して全体としてはウェルカムでした。

 

ただ、このプロセスの中に、良くも悪くもOBOG会の特質が色濃く出てしまっていたのです。

 

大学により多少の差はあっても、日本の大学運動部のOBOG会というのは独特の成り立ちや文化を持っています。会員の情熱のレベルは高く、いざとなったら一つになって協力する力は強いものがあります。しかしあくまで「任意団体」であって、ルールはしたためてはいるものの、意思決定プロセスやそれを実行する責任の所在は必ずしも明確に共有されていないのが実態です。

 

東大アメリカンフットボール部のOBOG会も、基本は皆のGoodwill(善意)で維持されています。それだからこそ60年間、OBOGであるというだけで信頼関係を維持しひとつの団体として存在し、今や1,000名を超える集団となっているのです。これは素晴らしいことです。OBOG会が現役の学生の活動を支えるために必要な存在であることに疑いはありません。

 

しかし一方で、例えば痛みを伴う改革や投資が必要な新しい活動を始めようとしたとき、その意思決定、実行のためのリーダーシップが機能しなくなり、求心力、推進力がどこかにいってしまうリスクを孕んでいます。

 

事実、東大アメリカンフットボール部OBOG会の場合でも、新体制作りの考えや、その基盤をOBOGの寄付で集めるという話は議題として総会に示されましたが、その場では誰も反対する人はいませんでした。しかし実際のところは、これにコミットした人も誰もいなかったというのが現実でした。

 

決してOBOG会員が逃げているというのではありません。彼らからしてみるとこんな大きな意思決定を今まで「OBOG会」として行った経験もなく、「なんとなく」「いつもと同じように」OBOG会リーダーの発信に「反対は無い」態度となっていたと思います。あるいは、OBOG会リーダーの発信する内容は「いずれリーダーがやってくれるものなんだろう」という意識だったかもしれません。

 

一方で、リーダーの側も「皆からの支持は得た」と考え、具体的に計画を推進するところまで踏み込んでいなかったことも事実です。

 

結果、私が参加した時点(2018年1月)では、すでに新体制が作られ動き初めている一方で、それを恒常的に支える仕組みが作られていないというよりは、まだ誰も具体的に考えていなかったという状態だったのです。

 

笑い話ですが、ちょうどそのころカラオケに行き谷村新司さんの「昴(すばる)」を耳にし、「何だ、俺のことじゃないか!」と苦笑いしたことがあります。

♬ ♫ 目を閉じて 何も見えず

    哀しくて 目を開ければ

    荒野に向かう道より

    他に見えるものはなし  ♪

 

考えれば考えるほど絶望的な気持ちでしたが、それでも何とか持ちこたえられたのには2つ理由があります。

 

ひとつは、この構想のすばらしさです。森清之という希代の名指導者を迎え、ウォリアーズが本気で日本一を目指し、その中で学生を人間として成長させていく。そのためには資金も必要だが、これまでの大学運動部の殻を破り、社会とコミュニケーションすることでトライしていく。私自身、これが実現できたらどんなに素晴らしいだろうと感じました。

 

もうひとつは、一緒にこの仕事を始めた仲間たちです。

 

森と付き合えば付き合うほど、この人を指導者として迎え入れることができたのはウォリアーズとして千載一遇のチャンスであり、このチャンスを逃してはいけないという思いが増幅していました。

 

また、監督となった三沢英生(東大ウォリアーズ1995卒/㈱ドーム取締役常務執行役員)の大学スポーツ発展のためのビジョン、チーム強化への情熱には私自身ほだされ、またドーム社の持つ様々な先進的ノウハウにも心から感銘を受けました。

 

もうひとり、小笹和洋(東大ウォリアーズ2000年卒/当時三菱商事/現在 株式会社ウカ 取締役 副社長 COO)も、忙しい本業をこなしながら、法人の立ち上げとその後の事業推進を献身的にサポートしてくれました。

 

また、そうこうするうち、こういった厳しい状況を知ったOBOG会の友人たちも次々と支持・支援を表明してくれるようになり、この仲間たちのフットボール愛、ウォリアーズ愛が私の気持ちを高め、背中を押してくれたのです。

 

ところで、「昴」も後半になると前向きの歌詞が登場します。

♫ ♪ 我も行く心の命ずるままに、、、 

ああいつの日か誰かがこの道を、、 ♬

私も後半に向けがんばらなければと心に決めました。

 

それまでの経営での経験からも、こういう絶望的な状況の時は、むしろ居直って、視野を広げ、落ち着いて「あるべき論」から入り、それが可能かどうか考え、可能でないならどうやって可能にするか徹底的に追求するか、どうしても可能でないという結論ならあきらめてしまうしかない、とにかく基本の心でやってみようという心境になりました。

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■母体を作らなければ

 

まず考えたのは、ウォリアーズの支援のためには、とにかく、どんな形であれ、自らの意思を持ち、その意思を実現するための計画と、それを全うしようという責任を取る「母体」を作らなければならないということでした。

 

新体制を運営するためには、これまでの活動費の3倍近い資金を集めなければなりません。従来の財源は学生からの部費が大半で、これにOBOG会費からの寄付を加えていました

 

しかし、これから先はOBOG会の有志からの定常的な寄付を増やすことはもちろん、これまでウォリアーズがほとんど経験したことのない企業からの協賛も募っていかねばなりませんでした。

 

またもうひとつ、これは寄付をもらう相手ではないのですが、部の活動を拡大するうえで外せないのが大学当局とのコミュニケーションです。大学からいろんな形での協力やサポートが必要になります。それまで主に学生レベルで大学との付き合いはありましたが、「部」として、あるいはその支援部隊として大学とは正式に付き合っていないに等しい状況でした。これも突っ込んでいって、開拓しなければならない領域です。

 

つまり、内向きに終始するのではなく、外に向かっていくことが喫緊の課題でした。でも、外に向かった時、相手は必ず「あなたは誰?」と聞いてくる。それに対して「私はコレコレです」と説明のできる、実体のある「母体」、自分の意思を持ち責任を取る準備のあるEntity(実体/自主独立体)を作らなければならないと考えたのです。

 

同時に、扱う金額や活動の大きさ、影響力から言って「法人格」を持つ母体を作らなければだめだ、そうしないと契約の当事者にもなれない、信用を得るためのガバナンスを維持することもできないと思うに至りました。

 

さらに、もっと重要な課題がありました。この「母体」が社会に認められ、目的どおりのパフォーマンスを出すためには、この母体を責任もって動かしている、顔と名前が明確な人物が必要になるということです。そうしないと社会においてはこの母体の信用も得られない。

 

そこで、私自身が責任者として入ることでこの法人を機能させようと覚悟を決めました。最初は短期間で設計図を描くだけと思い飛び込んだ仕事でしたが、いつの間にか「ミイラ取りがミイラ」になったとでも言いましょうか。

 

でも、正直なところ、今こうしてブログで発信している私自身はこの出会いに感謝しています。40年間ビジネスパーソンとしていろんな経験を積み、それをこんな形で若者に還元するチャンスを与えられた、むしろもう一度人間として自己実現を追求するチャンスをもらったという思いです。もしセミリタイアした時に、それまでの自分にしがみつき、それまでの延長線上で活動を続けていたら、それこそひからびたミイラになっていたかもしれません。

 

設立当初から1年半は、厳しい財政状況もあり、私自身はほぼ100%の勤務ながら無給で業務を続けました。いわゆる手弁当でした。しかし昨年の夏、あるOBからの強力な支援があり、私にも給与が支給されるようになりました。理事にも勤務状況に応じた給与を支払うことがルール化されたのです。これは法人が未来にわたって健全に支援業務を続けていくために、非常に重要なステップでした。

 

マチュアスポーツへの支援は、日本ではともすると一部の人の献身によって維持され、それが美徳とされる文化すらあります。しかし、アマチュアスポーツを推進していく上で、資金調達力や組織運営ノウハウが必要なことは間違いなく、特に学生の教育も兼ねた学生スポーツにおいては相応の経験と知識を持った「大人」がそのサポートをする必要があり、これを恒常的に維持するためには、こういった「大人」の人たちに対して相応の報酬が支払われることがとても大事です。もちろん、運営を請け負った側は自分の報酬も含めた資金調達力を発揮することが前提になりますが。

 

ちなみに、㈳東大ウォリアーズクラブでは、昨年7月より、それまでのパートタイムの社員に加えて、法人として初めてフルタイムの職員(岩田真弥)を1名雇い、給与を支払い、彼を事業推進の中心に据えています。岩田は前職ではBリーグ千葉ジェッツふなばしの集客担当の責任者をしており、また彼自身高校生の時からフットボーラーであり、アメリカのワシントン州立大学でスポーツマネジメントを学んできたという人物です。

 

さてそういうわけで、とにかく「法人」のコンセプトまでたどり着き、あとは多少失敗しながらでも前に向かって全力で進むというフェーズに入りました。私の師匠である原田泳幸の言葉に「マネジメントは実行力。決定する前に実行せよ」という扇動的なフレーズがあります。まるでこれを地で行くような数か月間でした。

 

法人体制の根幹として、まずは3つの要素に絞って考えました。

  • これまでのウォリアーズのサポーターであるOBOG会、父母会、地域の人たちの力をどう結集させるか
  • 資金調達力をどうつけるか
  • サポート活動、部活動の全体のガバナンスをどう確立するか

これをもとに外部の経験者からも学び、関係者で何度も議論し、考え抜き、たどりついた結論が現在の法人という形でした。

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■法人の体制

【図1】

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法人体制の要点は以下です。

アメリカンフットボール部の位置づけは変えない

東大アメリカンフットボール部の位置づけは以前と全く変わりません。すでに(財)東京大学運動会に所属しており、また後の章でも述べますが、大学の運動部はどこも任意団体の位置づけです。ウォリアーズだけ他の運動部と違う特別な位置づけにすることは不可能と判断しました。

②支援団体としての法人の設立

これまでのサポーターであるOBOG会、父母会、地域のファンクラブが結集する形で、支援団体として法人格のある一般社団法人を設立しました。法人となることの大きな利点は外部との契約主体になれることです。これは資金調達の上でもプラスになります。また活動や組織、収支報告等について法的要件があることからガバナンスの徹底を図ることができるようになります。

③ウォリアーズから法人への業務委任

法人がウォリアーズの支援活動をすることの正統性を担保するために、両者を委任・受任の関係としました。具体的には、ウォリアーズの部長(東大工学部教授)と法人代表者の間で契約を結び、部活動における資金計画の策定と実行、経理関連業務、監督(GM)の任免、コミュニケーション業務など、練習や試合の企画・運営を除くすべての業務を法人が請け負うようになっています。

④法人のガバナンス

法人の社員は17名とし、OBOG会から14名、ファミリークラブ(父母会)から2名、ファンクラブから1名がそれぞれ選ばれ、これら社員は法人の執行役である理事(3名)の活動を管理監督します。

 

これらの中でも特に工夫をしたポイントが、「社員(代議員)の選抜方法」と「委任関係」の部分です。

 

法人の「社員」というのは株式会社で言えば「株主+取締役」に近い役割を持っており、これに対して法人の理事は企業の「執行役員」に相当する位置づけです。つまり日々の活動は理事/理事会がかなり自由度を持って展開しますが、これを管理監督及び支援するのが社員/社員総会となります。

 

したがって理事には、現場の課題をよく理解し、その活動を支援していくマインドが求められます。一方、社員は活動上のガバナンスに気を配りながらも、理事の活動を過剰に縛ったり、権威主義に陥ったりしないことが必要となります。言い換えれば、理事会も社員総会もどちらの方向にも暴走してはいけないわけで、両者が良識を保って「学生のため」というミッションを守り続けることがこの体制成功のカギになります。

 

これを実現するための仕組みとして「間接民主主義」のコンセプトを入れました。社団法人の社員には通常、関係者の中でも影響力のある人が就くことが多く、ウォリアーズのような場合ならばOBOG会の幹部がそのまま法人の社員となることが通常です。しかしこれではこれまでのOBOG会を中心としたサポート体制と変わりません。そこで、法人の自由度や自律性を高め、より柔軟な発想で現場サポートに集中できるようにするため、2つの要素を入れました。

 

ひとつはOBOG会代表だけでなく、ファミリークラブ(父母会)とファンクラブの代表を社員に入れたことです。OBOG会が14名、ファミリークラブが2名、ファンクラブが1名とOBOG会がマジョリティであることに変わりありませんが、様々なグループの代表で構成することにより、広い視点の発想ができたり、抑制均衡が利いたりという効用を期待しました。

 

ふたつ目は、それぞれの母体から任期のある「代議員」の形で選抜された人たちが社員の役を担うようにしたことです。これにより一部の人たちだけに長く権限が集中することを避けるようにしました。

 

ちなみにOBOG会、ファミリークラブ、ファンクラブを合わせると1,300名以上の集団です。これらの人たちが母体として社員の行動も見ているという構図になります。

 

またOBOG会からの社員の選抜は、OBOG会との申し合わせにより、14名がなるべく年代別に分布するよう工夫しました。

 

もうひとつ工夫したのが「部から法人への委任関係」です。

 

後の章で詳しく述べますが、日本の大学では運動部はあくまで任意団体で、「学生がやりたくてやっている」という建前であり、法人を作ったところでも、その法人がなぜサポートするのかその正当性は見えません。これまで法人を設置したところでもここはあまりクリアになっていません。

 

一方で日本では多くの大学運動部がOBOG会を最大の支援母体としていますが、運動部にもOBOG会にも法人格が無く、両者の関係もルールとして明確になっておらず、結果として混乱やガバナンスの問題を生んだりしてきました。

 

言うなれば、学生を支援している大人の側に社会としての仕組みが導入されていないのが課題なのです。大人の側が何かで揉めると、学生にそのまましわ寄せが行くことになります。 そこで、今回の法人設立にあたり、この部分をクリアにしようと両者(部と法人)の間で業務サポートの委任契約を結ぶことにしました。

 

私たちも実際のところ、今回の体制変革において学生を巻き込んでの議論はしておらず、やはり大人主導で進めたことは事実です。しかし、今後、要所々々で大人が居住まいを正し、自分たちの「拠って立つところ」が自覚できるようにこの契約を結んだのです。その根源は「学生の支援をすることがこの組織の役割」という考えです。

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■内向きから外向きへ

こうして設立した法人ですが、実際の成果を出すまでのプロセスは簡単ではありませんでした。これまであまり例のない新しい動きだけに大学や世の中が私たちを理解してくれるまで時間がかかったのです。OBOG会の中にも隠然と疑問の声がくすぶりました。

 

しかし設立から4か月ほど経過したころから外部の反応が急にポジティブに変わり、企業からの協賛が集まりだしました。大学当局も私たちの活動に理解を示し、むしろ一緒に大学スポーツの支援をやっていこうという姿勢に変わったのです。

 

世の中の大学スポーツ支援の意識にはやはり高いものがありました。またこれに加えて私たちが当初から朴訥に「学生のために」という姿勢で活動を進めたことが功を奏したようです。もし私たちに金の亡者のような姿勢であったり、現状への不満ばかりを言う態度だったらこうはいかなかった気がします。

 

見方を変えれば大学スポーツがいかに社会的存在であるかということなのでしょう。社会がこれだけの注目をしているのに、運動部側がいかに内向きになっているのか、法人という形で外に向かってみて気づきました。

 

運動部がもっと外向きになり、これを受け入れる社会インフラが整えられていくこと、これは日本の大学スポーツ興隆のための重要課題です。これを促進する役割と責任を大学が取ってくれる日が来ないか、とても待ち遠しいところです。

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1959年 関東学生アメリカンフットボール連盟に加盟

 

(次回、第4章「売った数字か売れた数字か」に続く。)

 

 

コメント

三沢英生さん 

東大アメリカンフットボール部監督/

㈱ドーム 取締役常務執行役員 CSO

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大きな話をするようですが、私が東大ウォリアーズの監督を務めているのは、それが日本再興につながると信じているからです。もちろん、OBとして純粋に応援したいと言う気持ちもありますが、それは一部に過ぎません。

 

始まりは、関西学院大学を2年連続の学生王者に導き、ライスボウルをもって勇退した鳥内秀晃監督からいただいた言葉でした。

「日本の学生フットボール界が一番盛り上がったのはいつかわかるか?京大が日本一になった1995、96年頃だ。東大が日本一になったらどうなる?それ以上の社会的影響力があり、フットボール界だけではなく大学スポーツ、そして大学自体の改革につながるはずだ」。

 

その後、縁あって自分が監督になってからは、この言葉がずっと頭から離れませんでした。私はスポーツメーカーの役員としてスポーツ産業化を各方面に訴える中で、アメリカで一大産業となっている大学スポーツの事情にも精通しているのですが、世界的リーダーが毎年のように巣立つハーバードやプリンストンUCLAスタンフォードといった名門校がスポーツに力を入れている文武両道の姿と、東大を重ねて見るようになっていったのです。

 

アメリカンフットボールはもちろん、男子バスケットボールの興行によって莫大な富を生み出し、その利益を教育現場に還元することで成長を続ける米国の名門大学の数々。そして全米大学体育協会NCAA)の仕組み。これらを学び、NCAAの成功事例をウォリアーズのチームづくりに活かし、チームが活躍すれば、社会に巨大なインパクトを与えることになるでしょう。そして大学スポーツの活性化、スポーツ産業化が一気に進むと確信しています。

 

また、これらの名門校にはNFLNBAに行けるくらいスポーツに秀でていると同時に、学業も優秀で卒業後は医師や弁護士になる、一流企業の最前線で活躍する、起業して成功を収める、といった人が少なくありません。米国にできて日本ができないわけはありません。私は、公共心に満ち溢れ、国家を背負ったり世界を牽引したりするような、そんな真のエリートをウォリアーズから次々と社会に羽ばたかせたいと強く願っています。

 

ウォリアーズの活躍が日本の大学の活性化につながり、日本中で優れた人材が輩出されることによって経済の活性化、ならびに日本再興につながる、ということになります。

 

私にとって最も幸運だったのは、優れた経営者であり最大の理解者である好本さんと、この思いを共有していただける森さんという指導者に巡り会えたことにあります。

 

エリートフットボーラーに本気で勝ちに行き、切磋琢磨することでチームのスタンダードが上がり、学生たちは人間的に大きく成長します。我々の力は彼らにはまだ及びませんが、もがき、苦しみながら高い壁を乗り越えられるよう、好本さん、森さん、そして多くの仲間たちと力を合わせ、ウォリアーズを高みに導きたいと思います。

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第2章 「心技体」ではなく「体技心」

■ウォリアーズの強み

「ウォリアーズに必要なのは心技体ではなく体技心だ」とヘッドコーチに就任した森清之は何度も何度も繰り返しました。

ウォリアーズは素人集団です。他の強豪校の経験者、特にスポーツ推薦で入学してくるような一流選手に比べればスタートラインが違います。まずはこのハンデを短期間に埋めないと相手にすらならないのです。

各種スポーツ用品、スポーツサプリメントの製造・販売を手がけるドーム社の力強い支援も得て、ウォリアーズは体作りの環境構築に全力で取り掛かりました。

森が考える東大の強みにいくつかありますが、彼が最も大きいと考えるのが学生の自律の能力です。

子供のころから受験を乗り越え結果を出してきたのは、各々が目標に向かい自分の行動を律する力が強いからだという分析です。 

また東大生の特性として、自分の頭で一度ロジカルに納得できた時、目標に向かう持続力があることも強みだと考えました。

この自律心に訴え、まずは東大の最大のハンデである「体」の差を最大限効率的に縮めようとしたわけです。

選手には一流のトレーニングコーチが付き、一流の施設での体作りが始まりました。各選手個別のメニューが与えられその進捗が週ごとに管理されます。コーチからは筋力トレーニングの意味と効果が説明され、そして科学的な裏付けのある目標値が示されます。スポーツ栄養士からは体力づくりのための食事内容について詳細なインストラクションがあり、個々の食事内容も報告が義務付けられ管理されます。

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これらの活動をベースで支えるのがスポーツドクターと学生を中心としたトレーナーチームによる専門的なサポートです。ケガの防止活動とともに、万が一ケガをした後のリハビリ計画も明示し選手と相談しながら進めるようになりました。

これらの活動は実を結び、選手の体は見る見る厚く、太くなっていきました。しかしこれだけではまだ一流チームには追い付けません。大きくなった体をフットボールの場面でどうやって自由自在に動かすか、“agility” (敏捷性)のトレーニングにも力を入れ、これにも専門のトレーナーが当たっています。

選手たちはそれこそ「吐きながら食べる」くらいの意気込みでこの体作りに励んでいますが、これら一連の活動やその結果はすべてロジックと数値で表されるため、これが拠り所であり励みとなっています。

この一連のコミュニケーションを通じて、森は学生に自分たちの強みを自覚しろと教えてきたと思います。そして同時にその強みを最大限に活かし相手に勝る(差別化する)術も教えています。

よく、「フットボールは頭を使うスポーツだから東大に向いている。だから東大も強くなった。」という声を聴きます。

確かに一流のフットボール選手には情報管理力、分析力、理解力、記憶力が要求され、チームプレーでの個々の役割と全体ストラクチャーの理解にも長けていなければいけません。

しかし、強豪校の一流プレーヤーは6年、長い選手は10年もフットボールを経験して大学に来ます。彼らの頭の中はすでにフットボール用に出来ているといっても過言でないほど、知識、理解、瞬間的判断に優れています。これを単に数年の猛勉強で追いつこうとしてもそれは難しい業です。

ここを森はアメリカンフットボール部全体のチームワークを使いその差を埋めようとしています。

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ウォリアーズには2019年度のシーズンで190名の部員が在籍していました。その内訳は選手140名、サポート部隊50名です。この50名のうち17名をSA(Student Assistant)と呼ばれる戦略・作戦担当に当てました。

彼ら自身も多くは高校までは未経験者ですが、連日数時間に及ぶ分析作業やミーティングを通じ、森の薫陶を受けながら急速に成長し、今やヘッドコーチを支えるチームの頭脳として機能するようになりました。

SAを束ねる2名のキーポジション、オフェンスコーディネーター(Offensive Coordinator)ディフェンスコーディネーター(Defensive Coordinator) も学生が勤めます。

ここでも森は東大生の気質や強みを掴み最大限に発揮させています。

SAの仕事は、情報の理解力や分析力もさることながら、長時間の画像分析の積み上げや相手チームのスカウティングなど、労力と胆力が必要とされる仕事です。そして他方では試合になると秒単位での判断で最適解を選び選手に指示を出す冷静さが求められることになります。後程また述べますが、森はSA も含めてサポートチームを見事にオーガナイズし、チーム全体に血脈が流れる部隊を作りました。

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強いチームになるために何が必要なのか?

必要なものは沢山あり、もちろんすべてを揃える努力は続ける。

でも単に強くなることは本当のゴールではない。

スポーツチームのゴールは「相手を倒すこと」なのだから、ウォリアーズとしての特徴を出し、強みを活かし、まずはトータルで相手を少しでも上回ることにより勝ちを狙う。

ウォリアーズは多くのハンデを背負いながら強豪校に立ち向かう。

もしわれわれが相手を上回れるとすればそれは総合力のはずだ。

でも肝心の「体」がなければすべての土台は崩れ、総合力を発揮するどころではなくなる。

これが森のフィロソフィであり、彼はそれを学生たちの指導の中で身をもって教えています。

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スターバックスの強み

企業がブランドを形成し成長をしていこうとするとき、競合との関係においていかに自分の強みを理解し、大事にし、それを高めていこうとするかがとても大切な要素となります。まさに経営者が経営者としての機能を果たす上での関門のような部分だと思います。

前述のように、ハワード・シュルツとの出会いは私のビジネスパーソン人生に大きなインパクトを与えました。

彼には沢山の教えを受けましたが、その中でも自分のブランド、強みに対する深い理解とそのコミュニケーション、そしてその価値を守ろうとする強い意志は今でも自分の体にしみこんでいます。

ハワード・シュルツはコーヒー豆の専門店だったスターバックスを買収し、カフェチェーンのリーディングカンパニーに育て上げました。現在のスターバックスの創業者です。 

彼はスターバックスの価値は何なのか、それをどうやってお客様に伝えるのかについて、明確で分かりやすいコンセプトにして何度も何度も会社の内外で発信しています。

スターバックスの店舗に入るとコーヒーの良い香りが体を包む。こんにちは!の声と一緒にBGMの粋なジャズの音色が耳に入ります。シュッというスチーマーの音、店員の笑顔、この空間を味合うことこそが顧客にとってのスターバックスの価値なのです。

ハワードはこれを「スターバックス体験(Starbucks Experience)」と名付け、これがスターバックスの価値、スターバックスが顧客に提供する商品の中核だと説きます。

同時にハワードは「スターバックスは顧客にとってのサードプレース(Third Place)になるのだ」と教えます。

ファーストプレースは自分の家。セカンドプレースが社会で自分が属している場所。学校だったり会社だったり。そしてスターバックスは顧客にとって3番目の場所。ほっとした気持ちになって自分を取り戻せる場所、それがスターバックスであり、顧客価値なのです。テイクアウトされたカップにも顧客はこのイメージをダブらせているはずです。

顧客にとっての価値であるこの空間は、すべて店舗の社員が演出します。舞台装置はあるけど、この空間の雰囲気は「人」がいて初めて演出できるものなのです。

ハワードのもうひとつの言葉に、One cup at a time, one customer at a time (一杯ずつ、お一人ずつ)というフレーズがあります。

これは、スターバックスがどうやってそのブランド価値を築き上げていくかのプロセスを表現しています。

顧客がお店に来てくれたその機会に、一杯のコーヒーを提供するその瞬間に顧客はスターバックスの価値に触れる。これを積み重ねて初めてブランドが確立する。一回でもがっかりすることがあればあっと言う間に崩れてしまいます。

「だからスターバックスはコーヒービジネスではなくピープルビジネスなんだ」という信念をハワードは持っています。

ただ、社員がこのブランドの価値を信じプライドをもっていない限り、こんな顧客価値を何千店舗のオペレーションで維持することはできません。

そのために彼はこのスターバックスの価値を何度も何度も繰り返して社員に伝えると同時に、社員と経営の信頼関係を高めるための努力を惜しみませんでした。

今でもスターバックスの店舗に行くととても良い空気が維持されています。店員の笑顔、顧客との会話。スターバックスOBとしてうれしいことです。

きっととても良い経営が維持されていて、お店で働く人たちにも反映され、それがいい空気を作っているのだと思います。

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ハワード・シュルツのフィロソフィ

ハワードの顧客価値への思い入れを示すのがノースモーキングのポリシーです。

スターバックスアメリカでチェーン展開を始めたのが1980年代後半で、アメリカといえどもまだ禁煙がスタンダードではない時代でした。

でも彼は頑なにこれを貫きます。彼の信じるサードプレースの価値が喫煙により台無しになると考えたからです。

このポリシーのために、1986年の日本進出のときにはちょっとした事件があったようです。銀座松屋店が第一号でした。まだ私が参加する前のこと。

当時日本にはまだ根強い喫茶店文化があり、喫茶店は全国に3万店舗以上ありました。おそらくほとんどすべてが喫煙可だったと思われます。当時の喫煙率は男性で50%、女性で15%ありました。言わば世の中は「喫茶店とはタバコを一服するところ」との認識だったわけです。

スターバックス第一号店を出す時にもかなりの議論になったそうです。いかにスターバックスと言ってもタバコが吸えないと客は来ないのではと懸念されました。結論として2階を喫煙、1階を禁煙の分煙という妥協案にしました。

これはハワードには内緒で進めたため、オープニングセレモニーのため来日したハワードは激怒します。そこを何とかなだめてオープンしたのですが、2階で喫煙が始まるとその臭いや煙が下に降りてきてコーヒーの香りを消してしまいます。そして消えたのは香りだけでなく、スターバックスの空気そのものだったのです。この後この店舗は時間をかけて禁煙とし、その後全店舗禁煙となり今日に至っています。

私自身、この逸話は日本の創業メンバーやハワード自身からも何度も聞かされました。それほどスターバックスの価値を考える上で大きな出来事だったのです。

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(次章 第3章 法人の設立 に続く。)

 

コメント

有馬 真人さん

2017年度~2019年度 ディフェンス・コーディネーター(Defensive Coordinator)

f:id:tokyowarriors:20200204142300j:plain 森さんがヘッドコーチに就任する前からウォリアーズの学生たちは少しでも強くなろうと必死でがんばっていましたし、森さんもそのことは高く評価してくれていたと思います。

そんな私たちの努力が報われるものとするための答えを森さんがくれました。それは「勝利に必要な要素を理解し、他のチームとの差を分析し、それを4年間という短いスパンの中で埋めるための具体的な方法を考え出し、高い水準でそれにコミットしていく姿勢」です。

ただし、森さんに言わせれば、こんなことは強いチームはどこだってやっているということになります。だからこそ、このプロセスをどれだけのレベルで突き詰めていくことができるかが一流のチームかどうかの分かれ目になります。「平凡なことをいかに非凡に積み重ねることができるか」、これが森さんの一番の教えです。

フィジカル強化も以前から部全体で力を入れてきました。しかし森さんが求めたのは「日本一になるためのフィジカルのレベルを目指す」ことでした。単に今までより強くなればいいというのではありません。

日本一になるためのレベルを意識して、それに向かうためのトレーニング計画を立て、着実にそれに向かっていく。この意識を継続することは簡単ではありませんでした。でも、この期間内に何kgの重さが上がるようになった、体重が何kgになったなど、具体的な数値に落とし込んでいくことで、学生たちは相手との力関係をより正確にイメージできるようになり、4年間で追いつけるかもしれないという実感も得られるようになってきたのです。 

成果としても昔の3・4年生が上げていた重量を今や1年生が上げ始め、体重もポジションによっては平均で10〜15kgほど増えてきました。

こういう意識の持ち方は、フィジカルトレーニングだけでなく、日々の練習や技術の向上、戦術・戦略作りの中にも浸透していきます。

こうして具体的な違いを日々感じるようになってきたものの、「でも僕たち東大が本当にそんなに強くなれるんだろうか」という思いは続きます。フットボール経験やフィジカルな基礎能力、練習に費やせる時間、どれを取っても強豪校に比べハンディキャップを持っているからです。

森さんはこういった私たちの気持を理解した上で私たちにこう言います。

「東大生の最大の強みは、受験で日本一高い水準に挑み、成功体験を得ていることだ。受験の時のことをよく思い出してほしい。時間を有効に使って、一つ一つの参考書や授業を中途半端にすることなく仕上げ切っていたはず。それを積み重ね知識を身につけることで受験という分野で日本一に辿り着いたはずだ。その成功体験は必ずアメリカンフットボールに応用できる。そうすれば『日本一質の高い練習』も実現できる。」

言葉だけでなく、森さんはこのプロセスを自ら示してくれました。当初、「日本一に」と言葉では言うものの私たちにそれがどんなレベルか実感することができなかったのですが、これに対し森さんが示したのはとても地道でかつ徹底した分析と思考のプロセスでした。 

練習や試合のビデオは以前からしっかり撮る習慣となっていましたが、森さんは我々コーチやSAと一緒に20秒にも満たない一つの動画を10分、20分かけて反省していくという徹底ぶりでコミュニケーションを重ね、スキルの一つ一つの動作、作戦における11人それぞれの正確な位置や動き、細かなルールなどフットボールの様々な要素を理解させ、そのディティールを選手たちに伝播させていったのです。これにより、まだ発展途上ではあるものの、チームのスタンダードは飛躍的に向上してきました。

私自身、毎日のミーティングを通して「日本一のコーチ」のもとで「日本一の水準」を肌で感じることができたこの経験が、自分の最大の財産だと思っています。他の大学が普通にやっていることに普通じゃないレベルで取り組む、つまり「平凡なことを非凡に積み重ねる」ことで、普通に考えたら不可能な「東大がスポーツで日本一」という目標に挑む。これを目指すプロセスを経験できることがウォリアーズのカルチャーであり一番の魅力だと思います。

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第1章 勝つイメージを作れ

■ゴールは何か―明確なメッセージの発信

ウォリアーズに新しい指導者を招聘するにあたり、私たちは「勝てばいい」という姿勢の人には来てほしくないと考えていました。

学生スポーツはあくまでも人間教育の場であり、卒業後社会で活躍できる人材を輩出することがウォリアーズの伝統です。そのため部活の安全対策にも高いプライオリティを置いてきました。

そんな私たちにとって森清之は正にうってつけの人物でした。彼自身の素晴らしい人柄もさることながら、フットボールの魅力を教えつつ人間としても成長させていくという指導スタイルはフットボール界では知れ渡っていました。しかし彼が勝利よりもプロセスを重視するかというと、実は真逆のスタイルだったのです。彼は学生に対し、勝ちにこだわること、執念を持つことを徹底して説いたのです。

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試合前に整列する選手たち

■勝利にこだわれ

 スポーツの究極のゴールは一定のルールの中で相手に勝利することであり、スポーツをやる以上、勝利に向って本気であらゆる努力をする、その本気の過程ではじめてスポーツの醍醐味を味わうことができる。このプロセスにこそ人間教育があるというのが森の考えです。フットボールを極めた彼なりの確信なのでしょう。

森は「試合に勝つことが俺たちのゴールだ」と明確に部員に伝えます。10対9の勝利でも42対0の勝利でもその価値は同じだと言います。だから「勝ちにつながる練習」をすることを学生に求め、「練習のための練習はするな」と言います。

ある時、屈指の強豪校である法政大学との練習試合後のハドル(フィールド上でチームが集まり作戦などをシェアする場)で森は学生たちにこう言いました。

「今の力で法政に負けるのは仕方がない。失敗をしてしまうのもいい。だけど相手が強いからと言ってひるんでいては、どんなに頑張っても彼らのレベルには到達できないぞ。

まだお前たちは負けて当然と思っていないか?そうではなく『勝ちたい』と本気で思え。そして法政に勝つイメージを自分の中で作れ。そうすることで、勝つためにどんな力が必要か自分で描けるようになるだろう。

そこで初めて自分が到達すべきレベルのイメージがクリアになる。そして、どんな練習をしてどれだけ強くならなければならないかが分かってくる。それがイメージできたら、自分をそこまで高める練習をしろ。ただ単に『今より向上しよう』というのは《あがき》であって練習ではない」と。

森が伝えようとしているのは単にフィールド上での練習のことだけではなく、単なる精神論でもありません。

彼の言う「本気」には、体作り、栄養・食事管理、体調管理、休養の取り方、精神状態の管理、知識・情報の取得などすべての要素が含まれています。

本気で勝とうと思ったら、やみくもに汗を流して頑張るのではなく、計画的、戦略的に練習を組み立てるべきです。時間は限られています。どれだけ効率的に自分を進化させるか、これが勝負となります。それを実現するのが練習です。このことをどれだけ執念深く追えるかで結果が変わってくるというのが森の教えです。

スポーツをやる本当の醍醐味は、本気で勝ちに行くプロセスの中にあります。本気で勝とうと思ったら、現在の自分たちの状況を客観的にアセスするとともに、あらゆる工夫を限られた時間の中でやろうとするはずです。いたずらに疲れ果てる練習をやったって勝てません。勝とうと必死に考えるプロセスの中で戦略が生まれ、克己心が育ち、自律的なメンタリティと、互いに高めあうチームワークも生まれます。これこそがスポーツを通じ人が育成される理由なのでしょう。

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試合後のハドルで選手たちに話しかける森HC

■「がんばってる」を見せればよいのか?

大学に限らず、日本のアマチュアスポーツにはいまだに「倒れるまでの練習」を美化する傾向があります。千本ノックや繰り返しの素振りなど、それ自体否定はしませんが、苦しむことが目的になってしまっていると考えられる練習が数多くあります。

日本のスポーツ文化にはすごく勝ちに執着するところがあります。トーナメント方式が好まれるのもこういった文化的背景があるのかも知れません。

同時に、「勝ち」という結果に強くこだわることの裏返しでしょうか、やみくもに無理をしてがんばり、へとへとになるまで練習をしていないと「よくやった」と認められない傾向があります。

これは周囲の目もそうですし、選手自身も自分たちに対する言い訳に使っているところがあります。

プロ野球選手の桑田真澄さんは、日本の野球界では、特に若年層への指導で故障を誘発させる危険性のある方法がいまだに主流だと従前より警鐘を鳴らしています。

日本の高校野球の選手は痩せすぎている。休養も含めたきちんとした指導がなされていればもっとアスリートらしい体形になるはずとも言っています。最近では元DeNAベイスターズ筒香選手も同様のメッセージを発信しています。

大リーグに行った日本の一流投手たちが次々と肘の故障を発生させ手術を受けているのも、高校時代の酷使が遠因ではないのかと言われています。

以前、ある高校野球強豪校の指導者の話を聞いたことがあります。

「全国優勝をした年に、暮と正月に練習の休みを入れた。ところが翌年全国大会出場を逃すと今度はこの休養が批判されてしまった」というのです。

何をか言わんやです。

桑田さんは同時に、「どうやったら勝てるか」の指導がなされていないことも指摘しています。

「高校時代、監督や上級生からよく殴られたが、殴られてもひとつもうまくならないのに何で殴られなければならないのかと思った」と言います。

また、これもよく発言されていますが、内野手、たとえば遊撃手がサード寄りのゴロを捕る時、正面で捕りに行くべきか、バックハンドでさばくべきかという質問に対するコメントです。

「どちらでなければならないということはないが、遊撃手の目的は打者ランナーをアウトにすること。正面で捕ることは目的ではないはず。バックハンドが必要なときはバックハンドが答え」と。

筆者も昔高校野球をやっていましたが、多くの年配野球人がこれを聞けばなるほどとうなるかもしれません。

この話の背景には根強いプロセス主義があります。勝った負けたに執着するあまり、本気で勝ちにいくことを忘れ、負けても批判されない道を選んでしまうという皮肉な結末です。

何がゴールか、何が大切か、一貫した教育を受けていない我ら昭和の野球人は、自分の右にゴロが来ると、瞬間的かつ本能的に、「バックハンドで捕りに行ってもしミスると叱られる。正面から捕りにいけば遅れてセーフになっても『よくやった』ということにしてくれる」と考えてしまうのではないでしょうか。

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試合中にQB伊藤と話す森HC

■リーダーが示すべきゴール

 これと同じ風土が日本の会社の中に根強くあるのを私はいろんなところで見てきました。スポーツの場面も会社の仕事の場面も、結局はその国の文化を色濃く反映するのでしょう。

働き方改革が叫ばれていますが、まだ実質的な改善を体感している社員は少ないのではないでしょうか?

さすがに千本ノックの風土は少なくなってきていますが、何のために仕事をしているのか、どこまでやればいいのか、仕事の内容やゴールそのものについて混乱している会社が多く、結局これが原因となって長時間労働が直らず常態化してしまうわけです。

働き方の前にこの部分を改善しなければ結局ワークライフバランスも絵にかいた餅になります。

現場レベルでどう改善すべきかについては後程お話しますが、まず必要なのは、おおもとである経営レベルが会社のゴールやそこに向かっていく道程をきちんと示すことです。

これが「働き方」に総称されている会社の現場の問題を解決する出発点です。

成長は会社の宿命で、どの会社にも成長を果たすための事業計画があるはずです。それがブレークダウンされていて、それぞれの部署でのゴールがそこの社員にシェアされていて、最後はひとりひとりのアサイメントがはっきりしている状態になればしめたものです。

しかしそうでない会社が多いのです。

 〈いつまでにどんな姿になろうとしているか〉

おそらく経営者はこれを明確に持っていると主張するでしょう。

しかし、正直なところ、その計画の立て方には不十分な、中には稚拙な内容のものが多いのが現実です。

一定の形になっていたとしても、これまでの経験と勘を頼りに「エイヤッ!」で決めているケースをよくみかけます。

本当の本気でビジネスのゴールを目指すのであれば、限られた時間でどうやってそこに行くかを考えるはず。

そのゴールではどんなビジネスが展開されているか?

そのビジネス展開に必要なリソースは何か?

技術か?

人材か?

資金か?

次に、翻って今手元にリソースはどれだけあるかを考える。

リソースの取得とその配分は経営者が最も責任を持たなければならない仕事です。

また、いつまでにそこに行こうとしている計画なのか?

時間は?

時間はこの世で最も限られたリソースです。ゴールに行くための時間を限った時、それによっても必要な他のリソースの種類や量は変わってきます。

そして、それらは手に入るのか?

リソースの Availability (可能性)とその配分に裏打ちされていない計画は計画とは言えません。

結果、現場の社員の汗と時間外労働に頼ることになってしまいます。

そして追い詰められた社員は「一生懸命やっている」ことをアピールすることで身を守ろうとしてしまうでしょう。それは打者ランナーをアウトにするためにではなく、体勢や状況に関係なく怒られないために正面で捕球することを選ぶのと似ています。

企業は納得感のある範囲で最も背伸びをしたゴールを作り、それを最も効率的に達成した時に「エクサレントカンパニー」となります。

そのプロセスを経験した社員も同時に成長し、その市場価値も高まり、社員の総和としての企業価値も高まります。

経営者と社員がヘトヘトになるまで働くことは、本当はどの関係者も望んではいません。

一方で事業計画は必ずしも計画どおり進むとは限りません。むしろ修正する場合の方が多いでしょう。でも最初の計画が実質のあるものであるならば、修正しなければならない理由も明確に認められ、修正の方向も自ずとわかるものです。

最初にいい加減な計画しか持たず、案の定これではだめだと気付き、あわてて変更しようとする。でも何から始まって何をどう変更するのか、この時点ではますますわからなく、カオスになり、働き方改革どころではなくなるというのがオチです。

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■最初に着手したこと

 一流チームの指導者を歴任してきただけに、森はウォリアーズに来てまずはチームの甘い心構えを徹底的に直そうとするのだろうとみんな身構えていました。

その指導の厳しさは漏れ聞こえてきていました。

ところが彼が最初に着手したのは心技体のうち、心ではなく体と技、その中でも特に体だったのです。

このメッセージは最初の2年間は徹底して発信されました。

そして、今もチームのフィロソフィのベースとなっています。

スポーツ選手はよく「気持ちで頑張る」と言います。でもスポーツの基本である体と技が無ければ、いくら精神論を言っても強い相手には絶対勝てません。

森は「スポーツに必要な『心』とは、自分が今持つ能力を試合で最大限に発揮できる精神力だ」と考えます。

体技がそろっていないのに「勝とう!」と言っても森のスタンダードで言えばそれは本気で勝とうというメッセージにはなっていないということなのです。

「ウォリアーズに必要なのは心技体ではなく体技心だ」と森は何度も何度も繰り返しました。

次章(第2章「心技体」ではなく「体技心」)で森という指導者を得たウォリアーズが、どのような体作りの環境を整えていったのかをご紹介します。

 

楊 暁達さん(2018年度主将) コメント

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2017年度からウォリアーズが新体制となり、三沢英生さんが監督に、森清之さんがヘッドコーチに就任されました。私が3年生になった時です。

新しい指導者がどうやってウォリアーズを強くしようとしているのか、どんな考え方が示されるのか、皆興味津々で待っていました。しかし最初に出てきたのは意外な言葉でした。

それは『フットボールを通じた人間の成長』だったのです。

フットボールの技術が多少上手かろうが運動神経が良かろうが卒業後のはるかに長い人生においてそれは役には立たない。そんな事のために貴重な学生生活を費やすのではない。人間として成長するためにフットボールをやるのだ。そしてその『成長』とはこの先10年20年たった後に実感するであろう、『成ってみて』初めて分かるものだ。」

しかし、話の核心は次の言葉にありました。

「でも、この『成長』は、フットボールで本気で勝利・日本一を目指す中ではじめて得られるものだ。だからこそこの4年間は皆本気でやるんだ」

というメッセージだったのです。

私自身は、お二人の淡々とした語り口とその悟性に不思議な説得力を感じたのを覚えています。

新体制の2年目、2018年度シーズンに私は4年生で主将となり、ウォリアーズの学生たちをひとつにまとめていく役割になりました。どうすれば全員が本気で勝つことを考えるチームになれるか、最初のころは答えを見つけるのに苦労しました。『成長』が一番大切なことは分かっていても、学生たちは『成長のために日本一を目指して練習する!』なんて都合良く思うはずがありません。しかも、練習で手応えを得たところで、まだ当時BIG8(1部下位リーグ)にいた私たちには実質的な日本一は叶わないのです。学生が心から『日本一になりたい』と思えるようなモチベーションを作ることがどうしても必要でした。

どうすればいいのか、どうやって本気で日本一を獲ると思えるようなチームにして、それを後輩たちにも伝えていくべきなのか、私は森さんと話し合いました。

森さんからのメッセージはとてもクリアでした。

「小さなことからで良い。前まで出来なかったプレーができるようになった。ウエイトが上がった。理解が深くなった。そんなことを大事にして積み上げていくところから始めよう。」

「こういった小さな進歩はそれ自体単純に楽しいことのはずだ。そんなことを自発的に、自立的に繰り返す。そして少しでもレベルが上がったことを感じる。これをずっと続け、このサイクルを自分で律することのできるチームにしよう。」

これらはとても現実的でしかも実際に強くなっていく道程がイメージできる言葉でした。私はこの意識をチームメンバー、そして後輩たちに持たせていくことが4年生の使命であると感じました。

そして森さんの言葉通り、選手もスタッフも成長してチームの水準が上がっていく過程を目の当たりにし、それを身をもって感じたのです。ひとつひとつは小さなことだったかも知れないが、少し上手になった喜びを頼りに進んでいけば、気が付くと前とは全く違う自分に『成っていた』、特に下級生たちの多くがそう感じることができたお陰でTOP8へのリーグ昇格があったと思います。

私たちはそれまで頭を使いすぎていたのかもしれません。大事なのは『未知』の領域にあまり考えずに勇気を持って突っ込んでいくこと、これを森さんが教えてくれた気がします。取り組みの過程は合理的に考えるべきだが、とにかく初めの一歩で『未知』に踏み出す勇気と気概が大切なのだと。

この3年間の新しい動きは、ウォリアーズにとってまだほんの始まりだと思います。4年間でメンバーが入れ替わる大学スポーツの宿命の中でどうやってこの文化を根付かせていくか、まだまだチャレンジがあります。でもこのフィロソフィを大事に持ち続けていけば、卒業何十年か後に『成長していた自分』を発見するウォリアーズOBOGが沢山出てくるに違いないと、今は心から信じています。

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TOP8昇格が決まり観客に報告する楊さん

 

ブログ公開にあたって、その公開を奨めた者より

筆者は東京大学運動会アメリカンフットボール部の支援を目的とした法人(一般社団法人東大ウォリアーズクラブ)の代表理事です。スターバックスコーヒージャパンCOO(最高執行責任者)、日本マクドナルドCAO(上席執行役員)など企業で要職を歴任してきました。長年厳しい国際ビジネスの場に身を置いてきた筆者はいま、母校アメリカンフットボール部の強化というテーマに取り組んでいます。

 筆者は現役部員たちに「大人」といわれています。親でもなく、大学の先生でもなく、ただのOBでもなく、就活でお世話になる方でもない「大人」。経営者としての経験をアメフト部の経営に持ち込み、学校にはない発想で自分達の環境を変えてくれる「大人」。その姿は学生達には「好ましい大人」と映っているのでしょう。

 一方、筆者は自分の行動の原点は「若い人たちのために」という気持ちだと言います。利害ではなく善意で行うことであるからこそ時には関係者と衝突することもあります。しかし何のためにしていることなのか?若い人のためじゃないか、と原点に返ることでまた進むことができると言います。

 それでは筆者、好本一郎氏の手記をお届けします。「企業」という枠組みから自由になり、社会のためにその経験を活かす姿は多くの方の指針となるのではないでしょうか。

                  日外アソシエーツ 編集部 青木竜馬

 

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一般社団法人東大ウォリアーズクラブ 代表理事 好本一郎

 【著者紹介】好本 一郎 よしもと いちろう

東京大学法学部卒、コーネル大学ジョンソンスクールにてMBA取得。日本電信電話勤務を経て、アップルコンピュータージャパン人事本部長、スターバックスコーヒージャパンCOO(最高執行責任者)、ジョンソン・エンド・ジョンソン・メディカルバイス・プレジデント、日本マクドナルドCA0(上席執行役員)など要職を務める。

現在、東京大学運動会アメリカンフットボール部の支援を目的とした法人、(社)東大ウォリアーズクラブの代表理事

 

それでは第一回目のメッセージをお送り致します。

今後10回程度の連載を予定しています。

 

 

東大アメリカンフットボール部ウォリアーズの軌跡 

企業経営と運動部経営― 共通するフィロソフィー

 

 

はじめに

 

■二人の師匠

 

 大学卒業以来40年間、ビジネス界で生きてきた私には自分の師匠だと思っている経営者が二人います。一人はハワードシュルツ氏、もう一人が原田泳幸氏です。

 ハワード・シュルツ氏は言わずと知れたスターバックス創始者です。同い年の彼に初めて会ったのが45才のころ、私がバクスターヘルスケアジャパンのある事業部の責任者をやっていた時です。当時スターバックスは日本上陸直後で、まだ20数店舗開いたばかりでしたが、日本市場での手応えを感じ経営陣に日本人のリーダーを入れようということで声をかけられたのがきっかけでした。

 原田泳幸氏は、ご存知のとおり日本を代表する経営者で、アップル、日本マクドナルド、ベネッセのCEOを歴任された方で、直近ではタピオカティーで知られる台湾のカフェチェーンの日本法人のCEOに就いています。原田さんとはアップル時代に親交があり、そのご縁で彼が日本マクドナルドのトップに就任した後呼ばれ、約8年間すぐ近くで仕事をさせてもらいました。

 二人は違うタイプの経営者に見えますが、傑出したリーダーとして、いくつも共通点を持っています。

・ ゴールを明確に示すこと

・ そこにどうやってたどり着くかをクリアに示すこと

・ 途中でブレないこと

・ 同僚、部下に対してプロとしてのリスペクトがあること

企業価値は社員の価値の総和であることを自覚していること

・ そして、自分が目指すゴールの価値を信じ、情熱と信念を持って進むこと

 二人からは大きな影響を受けました。自分の体の中に経営者としての「核」を作ってくれた、まさに師匠と呼べる存在です。私としては、ハワードに経営者として歩くべき道を教わり、原田さん(以下敬称略)にその道をどう歩いていったらいいかを教わったという思いです。

 

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試合前整列する選手達

 

■経営者として挑戦し解を求めてきたこと

 

 私が経営者として常に挑戦し解を求めてきたのが「どうやって社員のモチベーションを上げ会社価値を上げるか、どうやってビジネスパーソンとして人が活き活きできる環境を作るか」という問いでした。

 私は1970年代後半にNTT(当時は日本電信電話公社)に入社、約10年の勤務を経てその後おもに外資系企業で経営の仕事に携わってきました。

 この間約40年、日本経済は一度は世界の檜舞台に立ち、転落し、再生の道を模索し、クリアな答えのないまま今に至った感があります。

 日本で働く多くの人たちは、この大波に翻弄され続け、最初信じていた規範に裏切られ、それでも心情的にそこから抜け切れず、自分で自分の後ろ髪を引きながら、一方では真面目に「変わらなくては!」と呟き続けてきました。

 日本人は優秀です。強み弱みはあるものの、ビジネスの舞台で、トータルの力としてレベルの高い人たちが多いことは間違いありません。でも日本国内の人材市場を見る限り、特に最近は企業がその力を十分に引き出し、活用してきたとは到底思えません。

 一方でビジネスパーソン側も、会社のやり方をそのまま受け入れるしか手立てがなく、いわばそれを自分への言い訳にして、会社と手を取りながら課題の多い雇用ストラクチャーの一部となってきてしまいました。

 優秀な日本人がもっと充実した幸せなビジネスパーソン人生を送り、結果として企業がその力をもっと高めていく、こうなるための雇用関係がどうあるべきか(これについての自論は後程また述べることにします)が問われます。

ところが最近になって、私が実感し考えてきた人材の活性化、育成のための道筋を意外な場所で目の当たりにしたのです。それはビジネスの場ではなく、グランドの上でした。

 東京大学アメリカンフトボール部(東大ウォリアーズ)ヘッドコーチの森清之氏が同部を強くするために実践していたのです。

 

■優れたアメフト指導者との出会い

 

 ビジネス人生を経て、ひょんなことから2017年冬より、東大ウォリアーズの支援の仕事を引き受けることになりました。ウォリアーズは東大アメリカンフットボール部のチーム名で、私もそのOBの一人です。

 ここで、私が教わり、考えてきた経営哲学をアメリカンフットボールという舞台で、チームを率いて見事に実践している人物がヘッドコーチの森清之氏です。彼はフットボール界では誰もが知る有名人で、京都大学時代に選手として、そしてコーチとしても日本一を経験、その後社会人リーグ(Xリーグ)で監督として日本一を掴み、二度にわたり全日本の監督も歴任した人です。

 東大ウォリアーズは60年以上の歴史を持ち、関東100校の中でも常にトップ10に入る実力を持っていますが、どうしても強くなりきれず、なかなか優勝を狙えるステージにいけませんでした。そこで、これまでの伝統の上にさらに高いレベルのチームになろう、本気で日本一を目指そうという思いで三顧の礼で迎えたのが森さんでした。森さんにはプロのコーチとして就任していただき、その後現役に対する支援チームとして一般社団法人東大ウォリアーズクラブを設立したのです。森さんの優れた指導力でウォリアーズは2018年度にBIG8(1部下部リーグ)で優勝し、2019年度からTOP8(1部リーグ)に所属しています。

 企業と運動部はその位置づけから共通点があります。戦う集団であり、指導する側とされる側の上下関係があり、勝つという同じ目標に向かって一緒に進んでいくチームというところです。また、結局はプレーをする側(指導される側)が本番でどれだけ自律的に高いパフォーマンスを上げることができるかにその集団の浮沈がかかっているという点も共通です。

 本稿では、私がビジネスで経験した課題や問題意識に触れながら、森さん(次章以降敬称略)が「現場の経営者」としてウォリアーズ指導の中でどんな回答を出しているのか掘り下げ、加えて今の日本の大学運動部の在り方、学生の育成方法、そして企業における人材育成・活用についても次回以降、さまざまな角度から問題提起をしていきたいと思います。

 

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QB伊藤と話す森HC

 

次回、「第一章 勝つイメージを作れ」に続く

  

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