東大アメリカンフットボール部ウォリアーズの軌跡   

企業経営と運動部経営― 共通するフィロソフィー

第11章 伯楽

今回は最終回。「第11章 伯楽」「岩田真弥さんからのコメント」「おわりに(好本より)」の三部構成になっています。

 

森が目指すゴール

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森がウォリアーズのヘッドコーチを引き受けてくれたことに、ウォリアーズの関係者は正直驚きました。どうしても来てほしい人だが内心難しいだろうと踏んでいたのです。食事の席で森の受諾の返事を聞いたウォリアーズ監督の三沢英生はトイレに行き一人で泣いたと言います。

 

森は受諾の後、メディアに「下手でも一生懸命やっている学生の指導がしたかった」というコメントを残しています。

 

彼自身 選手、コーチ、監督として日本一を知り、ヨーロッパNFLへもコーチとして参加、そして全日本チームの監督も2度経験しています。フットボールを知り尽くし、ひのき舞台をすべて経験した彼だからこそ、フットボールで何かを達成した時の感動や、そこに至るプロセスが持つ意味をよく知っているのでしょう。それをなるべく多くの学生に味合わせたいと考えたのでしょうか。

 

「もう少しレベルが上がれば、もっともっとフットボールの魅力が分かってくる。そうなればさらに向上心も出てくるはず」。これは彼からよく聞く言葉です。傍で見ていて、彼自身が、まだもどかしい気持ちを抑えながら指導をしている様子がよく分かります。

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京大の現役時代は「ほとんど狂気の世界だった」と彼自身が言います。練習の後、学生同士で深夜までディスカッションし、それから筋トレを始め、気が付くと夜明けなんて日もあったそうです。3、4年生時には2年間笑わなかった部員もいたという逸話さえあります。学生がそこまでフットボールに取り憑かれ、自ら望むゴールを執念を持って目指す、そのプロセスの中に森はスポーツの価値の真髄を見てきたのだろうと思います。

 

しかし彼はこれを決して学生に強要しません。今のステージでこれを言っても学生は本当には理解できないと彼は考えます。もう少しだけレベルが上がれば、その世界が見えてくる。そうなったらフットボールの虜(とりこ)になるはず。自分から虜にならなければ意味がないし、本当の集中力も出てこないと考えているのでしょう。

 

一流のアスリートの特徴は自律心が高く、自分をコントロールできる力に秀でていることです。森はこの特性を受験戦争を通り抜けてきた東大生に見出しています。ましてやフットボールはシステマティックで戦略的なスポーツであり、東大生が強くなる要素は十分にあると見ています。

 

でも、究極のゴールは学生個人が自ら設定しないといけない。本気で、何が何でもそこに到達しようと思えた時、初めてその学生が持つ自立心やセルフコントロールの力が発揮されるのです。森は自分の経験を頼りに、あらゆる努力を積み重ねつつ辛抱強くその時を待っています。

 

本当の教育とは ― 個人の能力を伸ばす

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名伯楽という言葉があります。馬の能力を見抜き、その馬を名馬に育てあげる名人というのが元の意味のようです。

 

名伯楽というとイチロー選手を育てた仰木監督や、有森裕子高橋尚子の素質を見抜きメダリストに育てあげたマラソン小出監督がよく引き合いに出されます。古くは王貞治の能力を見出しホームラン王にまで育て上げた荒川博コーチも有名です。

 

このように、我々が伯楽と言う場合は、特定のアスリートの持つ特別に高い素質を見出し、それを個別の指導により開花させた例を言うことが多いようです。

 

そういう意味では、森はまたこれとは違ったタイプの指導者です。

 

もちろん彼はフットボール選手のポテンシャルを見抜く鋭い目を持っていますが、フットボールが組織的なチームプレーであることから、彼は、それぞれの選手の特性を見抜き、どうやって適材適所を作るか、それぞれの選手のポテンシャルをどう引き出すか、そしてその上で全体が機能するためのストラクチャーをどう構成するかという部分により高いレベルのフォーカスを当てます。

 

トップアスリートの推薦入学もなければ、フットボール経験者も少ないという国公立大学の宿命の中でこうせざるを得ないという面もありますが、彼の指導の根幹にあるのは教育という視点です。フットボールは素晴らしいスポーツで、これに集中させることで成長させる、そして個々人の能力や持ち味を活かし伸ばしていくことが本当の教育であるという信念です。

 

あの学生がこんな自覚を持つようになったとか、この学生が急にいろいろと質問してくるようになったとか、森はとても嬉しそうに報告してくれます。彼の頭には200人近い部員の情報がいつも整理されていて、情報の中にはその学生の性格や学業、そして経済状態まで入っています。単に運動部の指導者というより、教育者の域に達している感があります。

 

日本のスポーツの興隆のためには、名馬発掘の力のある伯楽も必要ですが、森タイプの伯楽はもっと大勢必要です。こういった教育者の役割も果たしながらスポーツの指導にあたることのできる指導者が増えれば、それだけスポーツの土台が強化され、若者がよりよい環境で自分の競技に打ち込めることになるはずです。

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翻って企業の中を考えると、森タイプの伯楽の必要性はもっと高く、日本経済が再び強くなる上で必須の人材です。

 

もちろん企業経営者にとって、後継経営者や幹部候補のポテンシャルを見抜き、抜擢し育てることは大事ですが、それ以上に大事なのが社員のマジョリティに対してきちんとした育成とフォローができることです。

 

まずは社員ひとりひとりにリスペクトを持って接し、その特性や強みを認めそれに対するきちんとした評価をすることができるか。そしてその上でそれぞれの社員の特性に合わせた育成とキャリア作りを行い、社員の市場価値を上げていくようなフォローができるかです。

 

これにより、各部署に必要とされる人材が配置され、社内がモチベーションで満ちた社員でいっぱいになれば経営としては大成功です。

 

スポーツ界だけでなく、多くの日本企業でも森タイプの「伯楽の力」を持つ経営者が増えてもらいたいところです。

 

 

 

コメント

岩田 真弥さん

㈳東大ウォリアーズクラブ・職員

前職は Bリーグ 千葉ジェッツふなばし 集客担当

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 中学3年生でフットボールを始めてその魅力に取りつかれ、米国シアトルでの大学時代(ワシントン州立大学)にはスポーツマネジメントを勉強する傍ら地元のセミプロチームでプレーし、帰国後も社会人チームに所属しいまだに現役のRB(ランニング・バック)をやっています。思い返せば、大学受験や大学での専攻、仕事のチョイスと、人生の大切な決断を全てフットボール中心でやってきました。

 

米国からの帰国後、仕事を通して多くのウォリアーズ出身者と知り合う機会があったのですが、皆仕事ができ思いやりもある人たちで、ウォリアーズはどんなチームなのだろうとずっと興味を持っていました。そんな中、前職で現監督の三沢英生さんと知り合い、日本のフットボール界やウォリアーズに対する熱い思いや将来へのビジョンを聞くことができ、ますますその思いが高じていました。

 

私のアイデンティティフットボールだし、これまで私という人間を作ってくれたフットボールには心から感謝し、いつの日か日本のフットボールの発展に貢献する仕事がしたいと思っていました。フットボールというスポーツをこの国でももっともっと多くの人に知ってもらいたいという思いです。

 

そんな矢先に㈳東大ウォリアーズクラブでのお仕事の機会をいただき、二つ返事で昨年の夏に飛び込んできました。

 

ウォリアーズに来て何より私の胸を打ったのは、ここにいる人たちのウォリアーズ愛の深さです。OBOGの方々は心からウォリアーズが好きで後輩を本当に大切に思い、部員のご家族には私たちの活動に深く賛同をいただき、これに地域の方々や卒業生のご家族まで加わり皆一緒になってウォリアーズを温かく応援してくれています。

 

一方で、部とそれを支える法人が、大きくなった組織を整然と動かし効率的な運営をしていることも驚きでした。法人の方々が、皆仕事を持つ中でこれだけのエネルギーをウォリアーズに捧げていることには頭が下がります。また、学生自身の自覚も高く、部の運営が学生中心で運営されていると思えないほどシステマティックに動いているのも、見ていて不思議なほどです。これも森さんの指導の賜物なのでしょう。

 

ウォリアーズの活動は新体制の途上にあって、財政的にも決して楽な状態ではありません。でもこの支援者のウォリアーズ愛と、部や法人の実行力で、きっと現状を打開しさらに高みに上っていくことは間違いないし、私も微力ながらその力になりたいと思っています。

 

ウォリアーズの仲間となってまだ10か月ですが、学生たちが目に見えて日々成長していく姿を見てきました。フットボールは素晴らしいスポーツです。もっともっと多くの学生に、ウォリアーズにいるからこそできる経験を積ませてあげたいと思います。

 

日本一を本気で目指すことを通じて成長した学生が社会に羽ばたいていけるよう、そしてウォリアーズがいつか日本のフットボールを牽引する存在になれるよう、ウォリアーズの仲間と一緒に頑張ってまいります!

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おわりに(好本より)

 

私は毎朝、犬を連れて散歩に行き、家から10分くらいのところにある区立の公園の中を通ることにしています。ここには少年用の野球場が2つ併設されていて、毎朝6時から必ずどこかの小学生の野球チームが来て練習をしています。朝から大きな声を出して元気よくボールを追う少年たちの姿は微笑ましく、こちらも元気をもらえます。

 

区内にはこういった少年野球チームが数多くあり、街の商店街や地域の掲示板にはメンバー募集のポスターもよく見ます。各チームには必ず数名の指導者がおり、みなさん地元の人たちですが、もう長年関わっている人もいるようです。これに子供のお父さんたちが加わり、朝6時からという時間なのに、各チームに何人もの大人が付いて子供の指導をしています。

 

実は私の息子も20年ほど前にひとつのチームに入れてもらい、私もその時には俄かコーチで練習を手伝ったものです。すでにどのチームも何十年もの歴史を持ち、中には大人になってから自分のチームの世話役を買ってでる卒業生もいました。

 

みな地元の子供たちなので同じ小学校に通う子も多く、保護者は小学校の先生方ともコミュニケーションを取りながら子供たちの活動をサポートしています。

 

このようにコミュニティが関わって、地域の施設で子供がスポーツを楽しめるという環境があるのはありがたいことです。やはりスポーツの魅力なのでしょう。また、スポーツが若者の成長を後押ししてくれると皆が思っているからなのでしょう。これだけの活動が何十年も行政も含めて地域ぐるみで続いているのです。

 

ただ、毎朝通るたびにひとつ気になることがあります。

 

お父さんたちは、お疲れの中、朝早くから来て一生懸命大きな声で子供たちの指導をしているのですが、その内容が、毎朝ほぼ同じ、限られた言葉ばかりなのです。

 

ホラホラ、もっと声だせよ!

早く、早く、サッサと動け!

あ~あ、ボール、はじいちゃダメだよ!

ほら、フライ上げちゃダメだって言っただろ!

よくボール見ろよ!

 

これら指導者の言葉には数十年間進歩がありません。

思い返せば、私も自分の子供のときには同じことを言っていたと思わず苦笑です。

 

この子たちに、勝ち方や、そのための練習方法、そして自分で考えることの喜びを早いうちから教えてあげれば、彼らはスポーツのすばらしさをもっと実感し、スポーツを通じてさらに成長することができるのにと思ってしまいます。

 

日本の社会はスポーツに理解があり、若者がスポーツに勤しむことのできる物理的な環境も整えられてきました。次は「指導」というインフラの質をどれだけ向上させることができるか、これが課題だなと思いながら、今日も犬と散歩に出かけています。

 

 

完。

 

みなさまのご愛読に心から感謝を申し上げます。

どうもありがとうございました。

 

好本一郎

 

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筆者の愛犬 そら