東大アメリカンフットボール部ウォリアーズの軌跡   

企業経営と運動部経営― 共通するフィロソフィー

第4章 売った数字か売れた数字か

この章では、私が日本マクドナルドで8年間お世話になった原田泳幸氏から教わり、自分が経営者としての基軸としてきたフィロソフィをご紹介したいと思います。また、原田さん(以下敬称略)が経営を進める時の雰囲気と森がチーム強化を目指し指導する時の雰囲気、この両者に不思議に共通して見えてくるオーラについてもお話をしたいと思います。

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■経営とはプロアクティブネス

ご存じのように原田はアップルコンピュータ株式会社(日本法人)のトップから2004年3月に日本マクドナルドのトップ(CEO)へと転じ、以降10年間、マクドナルドのブランドイメージ立て直しと急速な業績回復を果たした経営者です。

 

アップル時代に知り合いだったこともあり、原田の就任後に呼んでいただき、私もこの改革プロセスを傍で経験することができました。私が在籍したのは2005年から2013年までの、一部期間を除く約8年間です。

 

急速でドラスティックな改革の渦中で多くのことを学びましたが、その中でも私が一番大切にしているのが、彼の経営のフィロソフィで、

「自らアクションをプロアクティブに決定しそれを躊躇なく実行する力、これが経営の質を決める」

という考え方です。

 

経営は決してリアクティブになってはならず、24時間365日プロアクティブでいなければなりません。与えられるリソースは常に限られます。特に時間というリソースは最も限定的であり、競争相手も同じ環境の中で必死に動いています。この中で、時間を最大限効率的に使い、他のリソース(人材、資金、ブランドetc.)を活用して、いかに顧客に対し自分に有利な影響を与えることができるかが勝負になります。ビジネスの展開として「待ち」や「様子見」のフェーズになることはもちろんありますが、それとても自分がプロアクティブに判断した結果として取るべきアクションであり、単なる「待ち」など論外なのです。

 

マクドナルドで原田は経営陣や管理職社員によく、「それは売った数字か売れた数字か」と問いかけました。そこには「自然に売れた数字に浮かれてはいけない」という意味もありますが、もっと大事なのは、どれだけ自分で「売ろう」とするアクションを起こしたかという部分です。

 

実際には予想外に自然に売れることもあるし、売ろうとしても目論見が外れることもあります。しかし大事なのは、その両方から冷静に学びつつ、その学びを「自分から売る」アクションに転化させていくこと、実際の売り上げの中で「売ろうと思って売れた」部分をどれだけ高めていくかであり、これが強い会社を作る根源であるという信念なのです。

 

それではどうしたらプロアクティブに「売る」姿勢を維持できるのか、そのための大切な要件を原田は自らの行動で私たちに示していました。

 

ひとつは徹底的に顧客の行動や心理を調べて考える「分析力と執念」、もうひとつはこの分析をベースにして「ひらめき」を生み出す創造力、そして最後に、ひらめいたアクションを誰が何と言おうと実行に移す「勇気」です。

 

顧客や市場の情報は今の世の中溢れるほどあり、これらの情報の中には経営のアクションに結び付く沢山のImplication(含蓄)が隠されています。マクドナルドは典型的なB to C、しかもマスマーケットを相手にした消費者市場ビジネス。だから最も大事な情報は顧客の行動から得ることができるはずです。そこでまずは、得られる情報を、効率的に、ロジカルに、かつ自分なりの仮説も頭に置きながら徹底的に読み込み、分析することが出発点になります。

 

ここで気を付けなければならないのは、これらの情報の中に具体的なアクションプランは書かれておらず、また情報やデータをいくら分析しても何が「市場の事実か」100%の証明はないということです。情報を頭と体感を使って消化したのちに結論として出てくるアクションプランは経営上のひらめきであり、そのプランは元の情報から必ずしも数値的に証明されるとは限りません。でもそのひらめきは、経営者として、事業責任者として「こうに違いない」と思い込むことのできる信念であり、ビジネスを語る上では「ロジカル」に響くものになっているはずです。

 

もし情報から数値的、論理的、必然的に導かれるアクションを求めようとしても、そんな都合のよいアイデアはまずなく、万が一あれば早々に誰かが使っているはずです。そもそも超論理的に結論出そうとしたらいくら時間があっても足りなくなります。

 

こんなふうにしてたどり着くアクションプラン(ひらめき)ですから、これを実行に移そうとするとき、自分としても一抹の不安が残っていたり、周囲からのネガティブな指摘に晒されたりすることがよくあります。ここで求められるのが経営者/事業推進者の「勇気」であり、「限られた時間とリソースの中で最適と信じる結論を導いた。これを自分の責任で一刻も早く実行に移すことが私の仕事」と言い切る迫力です。

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原田泳幸

 

マクドナルドの改革

それではマクドナルドの例で少し具体的なお話をしたいと思います。

 

まずは情報の取得です。

 

当時3,000店舗を越す全国のマクドナルド店舗に、年間で何と延べ16億人の顧客が来店していました。1か月に日本の総人口以上の数が来店していた計算です。試しにこの16億人が列を作ったとしたらどのくらいの距離になるのだろうと計算してみると、なんと地球と月を往復する距離になる(約80万km)というすごい人数です。この16億人の行動や反応を丹念に拾っていくことで経営判断のための多くの情報を取ることができます。

 

ひとつはレジの記録です。どんな時期、日時にどんなタイプの注文があったのか、そこには膨大なデータがあります。

 

もうひとつがお客様窓口(お客様サービス室)に来る顧客の声です。これだけの顧客数、取引数ですからさすがにお客様窓口には多くの声が寄せられます。これを担当者がひとつひとつ誠意を持って対応していきます。寄せられる声は不満があった時のものが圧倒的に多いわけですが、これは店の現状を表すとともに、不満は顧客の期待の裏返しであり、ここにも膨大な情報があります。

 

そして次が「ミステリーショッパー」による店舗サービスの評価結果です。これは覆面調査員が毎月店舗に顧客として行き、決められたサービス項目をチェックするシステムです。実際の顧客ではないのですが、顧客の目からみた各店舗のサービスレベルやその状況をつぶさに見て、詳細な報告をあげます。ここにも経営にとって有益な情報が満載です。

 

社員を通して情報を取ることも大事です。この事業を長年経験し、店舗の隅々まで理解している彼らは、顧客の声の代弁者であるとともに、顧客の声にどう応えるべきか常に考えている人たちでもあります。直接の対話もさることながら、社内の会議や何気ない会話からの情報取得も大切です。社員は店舗で何を感じているか、何を語ろうとしているか、そのサインを見逃さないのです。

 

原田はこんな表現で現場の大事さを教えていました。

「子供は親の鏡、店頭で起こっていることは全て経営者の鏡、経営の命題を発見しに現場に行け、子供は嘘をつかない、部下からの学びが無い組織は死んだも同然。」

 

こうしてあらゆるソースから徹底的に顧客の動きの分析を繰り返す中で、原田体制として、「売る数字を作るため」のアクションの初期のプライオリティが浮かび上がってきました。

 

最大のプライオリティは顧客サービスにとっての非常にベーシックな要件の部分でした。それは「すべての顧客にとって最も大事な要素は、店舗の中が清潔で、出てくる品物の品質が保たれていて、これを提供するサービスがきちんとしていること」でした。当たり前かもしれないが、この当たり前が当時維持されていなかったのです。

 

当時は1990年代の店舗数急拡大の直後でした。新店舗の場所や形、大きさに妥協があったり、増加した店舗を支えるための社員のトレーニングや育成が間に合っていなかったかもしれません。もちろん店舗で働く人たちは、まじめに一生懸命にやっていたのですが、結果としてベーシックな部分で顧客の満足度は十分でない状態と判断しました。

 

次に注目したのが、同じベーシックでも、特に昼のピーク時におけるサービスレベルでした。マクドナルドの売り上げは今でも昼のピーク時が最も高く、当時はその傾向が今より顕著だったと思います。顧客としても「マクドナルド=ランチ」のイメージが今以上に強く、ランチに来てくれる方々はマクドナルドが「売る」相手としては非常に重要な顧客なのです。

 

この顧客にとっても「店舗が清潔で、品質がよく、サービスが良い」ことはミニマムな要件になりますが、その中でも「スピードと正確性」については特段の良いパフォーマンスが期待されることになります。

 

昼食の時間は限られている上に店は混んでいます。こんな時、自分の欲しいものが1秒でも早く出てくることが大事で、もし注文の品が正確に出てこないなんてことなると顧客にとってはとても面倒なことになります。

 

こんな時に、もしスターバックスのように「今日はいつもと違うものをお飲みになるんですね」なんて言われても、残念ながら「気の利いた会話だ」とは思ってくれません。「そんなことより早く出して」と思われるのがオチです。でも決してツッケンドンな態度でいいのではないのです。マクドナルドスマイルを崩さず、超迅速に、正確に、注文通りの品を溌剌とした雰囲気で事も無げにお渡しするのがマクドナルドのプライドです。

 

しかし当時、この昼のピーク時のオペレーションも必ずしも十分な顧客満足を得られるレベルではありませんでした。この原因も上記の店舗運営のベーシック(清潔、品質、サービス)の問題と同根だったと考えられます。現場では社員やパートスタッフが与えられた環境の中で一生懸命凌いでいるという状況だったのでしょう。

 

原田は、この2つの課題を解決しない限り、何をやってもこれからの成長はないと直感し、戦略的店舗閉店に踏み切りました。事業としては少しでも売り上げを維持したい時期であり、何とか現状の店舗を維持しながら事業を改善できないのかという議論もありました。

 

しかし、マクドナルドのような消費者ビジネスで、来店のたびに顧客が「がっかり」を繰り返した場合、あっという間に悪循環に陥り客足は救いようのないレベルまで減少するリスクがあります。いったん店舗数を減少させ、多少時間をかけてでも、ブランド価値を維持、向上させ、そこから再スタートするべきという判断です。新店舗の開設もしばらくの間慎重なペースで行いました。そしてこの戦略は、店舗の物理的改善だけでなく、人材を育成し、サービスレベルを上げるための時間も稼いだのです。

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一方で、原田は当初からあるひらめきを持っていたと思います。実は、店舗の状態やサービスのレベルが「本来あるべきレベル」に到達するより前でも、顧客はそのレベルが急速に改善していることを発見すれば必ずポジティブに反応してくれると。

 

こうして事業の基本的な改善が始まり、その効果が出始める中で原田は顧客を店舗に誘導するための施策を打っていきます。

 

100円マックはそのひとつです。2005年6月にハンバーガー、シャカシャカチキン、マックシェークなど6種類の商品を100円マックと位置付けてプロモートを開始します。これに対しても様々な議論がありました。それ以前、いわゆる「低価格路線」や価格の頻繁な変更でブランドイメージ低下があったことから来るトラウマや、少しでも利益の欲しい時に100円という価格で売っていいのかというためらいの声もありました。

 

これに対し原田の考えは一貫していました。まずは顧客を店舗に呼び戻すことが先決、そのためにはシンプルで分かりやすくかつ顧客にインパクトを与えるプライシングが必要。店舗に来て満足な体験をすれば必ずリピーターとなる。それに100円マックを目指して来店する顧客の中には、必ずそれ以外も購入する顧客がいて、その数は増えてくるはずという信念でした。結果はその後の業績向上がそのまま物語っています。

 

2008年2月にはそれまでに比べ格段に高い品質のコーヒーを導入し、「至福のコーヒータイム」としてこれも100円マックの仲間入りをさせました。これは3,000店舗以上というサイズを活用し、日本市場をリードするコーヒー会社の協力を得て、大量仕入れすることで高品質のコーヒーを100円という価格で提供するという試みでした。今でこそコンビニエンスストアで同様の品質、価格のコーヒーが手に入りますが、当時はコンビニにはこの種のコーヒーはなく、日本市場ではマックが先鞭をつけた、というよりこれも原田の経営者として「ひらめき」のひとつだったわけです。

 

この結果、コーヒーの売り上げ自体、それまでの年間1.7億杯から2010年には3.3億杯と飛躍的に向上したのですが、経営上非常に重要だったのは客足の増加、そして満足を得た顧客がコーヒーだけでなく他の商品を目的として再度来店するという客足の循環でした。

 

「ひらめき」というと勘を頼りにした判断にも聞こえがちですが、すでに話したようにひらめきに至るには深い考察、洞察と自分の仮説立証のプロセスがあります。時には、顧客の言うことそのままには従わないという「ひらめき」もあります。

 

マクドナルドでの典型的な例が「サラダ」に代表される「栄養のバランス」の話です。マクドナルドの顧客にはファミリー層も多く、お母さんのグループや家族がお子さん連れでというシチュエーションも多くあります。そんな人たちにマクドナルドでどんな商品を開発してほしいか聞くと決まって栄養のバランス、サラダという話が出てくるのです。そのままの議論が社内でも起こることもありました。

 

もちろん食事のバランスは大事。お母さん方は一生懸命でしょう。でもマクドナルドが本気でサラダを出しても売上は上がらないだろうというのが原田のひらめきでした。

 

顧客はトータルとしてバランスを取ろうとする。マクドナルドに求めるものはそのうちのマクドナルドが得意とする部分だけだ。ファンシーなサラダを頑張って作ってもそれはマクドナルドの売上額や売上構成を大きく変えるものにはならない。

 

バランスは顧客が取るもの、むしろマクドナルドはそのバランスの中で自分の強みを活かした商品提供に力を入れるべきだ。マクドナルドの強みと言えばそれはやはり牛肉なのです。これも大量仕入れが功を奏し、また日本の場合オーストラリア、ニュージーランドの生産者との長年の信頼関係もあり、高い品質の牛肉を他にはまねできないリーズナブルな価格で提供できているのです。

 

原田はこの強みを活かして、「牛肉」にフォーカスしたプロモーションを効果的に打っていきました。メガマッククォーターパウンダーがその例で、この活動は、上記の店舗のベーシック環境向上、顧客トラフィック増加のための100円マックと並びマクドナルドのブランド回復と業績の急速な向上に大きく寄与しました。

 

徹底的な情報の分析、それに基づく経営的ひらめき(アクションプラン)、そしてそれを躊躇なく実行していく勇気、この原田の教えは、法人(㈳東大ウォリアーズクラブ)を設立し事業を立ち上げたこの1年半、私自身にとっての大きな精神的支柱になりました。

 

資金のショートが見え時間は限られている。もうアクションを起こしていくしかない。前例はなく、今ある情報で判断し、現時点で最適と思われる行動を進めていく。周囲の人たちは全体像を持たないわりに個々の事象を見つけては自論を展開してくる。そんな中で頼りになるのは「事を前に進めるのは自分しかいないんだ」という気持ちでした。

 

止まれば倒れる、なんとかあそこまで早く行かなければならない。こんなときに見物客から「立ち上がって歩いたら転ぶかもしれないよ」と言われたとしてもそれは無視するしかありません。

 

原田の教えがこんなシチュエーションで有効に働くとは私自身思ってもいませんでした。

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■森の教え - どうやって勝ちにいくか

原田は経営陣に徹底的に「売りにいくこと」を説きますが、森は部員に徹底的に「勝ちにいくこと」を求めます。

 

「第一章 勝つイメージを作れ」でも述べましたが、ウォリアーズの活動のゴールはあくまで秋の公式戦で勝つことであり、すべての練習や活動はこのゴールに向かって組み立てられます。そのため「どんなレベルになれば勝てるか」のイメージを最初から作り、そのレベルになるための計画を作り実行していくのです。

 

森は、選手に今の自分の能力を冷静、客観的に把握する努力を常に求めます。同時に、どんな局面でも自分が今持っている最高のパフォーマンスを出そうとする強いメンタリティを持たないといけないと教えます。

 

特に練習試合の時に強調するのが「どんな相手であっても、すべてのプレーで、全力で、自身の最高のパフォーマンスを出す」という姿勢です。強豪校に対してひるんで腰が引けるのは論外、格下の相手に力を抜くのはもってのほかという教えです。選手は現在の自分の最高のパフォーマンスレベルが今どんなレベルにあるかを常に自覚・理解しなければなりません。

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特に自分より格上の相手にぶつかることは、自分の最高レベルを出し、今の相手(自分が到達すべきレベル)との差を実感できる絶好のチャンスになり、ここが自分の出発点となります。これができれば、今後どこまで自分を高めるべきかを体に覚えこませることができるのです。自分の現時点での最高のプレーが頭の中にあれば、それをどう引き出すかの努力につなげることができます。

 

また、ひとつのプレーで自分が相手に勝ったからと言って浮かれてはいけません。自分の最高のプレーはできていたのか、どうして勝てたかを考えるのです。相手のミスが原因になって勝つこともあります。相手のミスはこちらの力では再現できませんが、もしこちらからミスを誘っていたのならば、そこには再現性があり、評価に値する能力です。そのミスに乗じてさらに相手を押し込んだとしたならば、なおさら良いパフォーマンスとなります。

 

これからさらに高いレベルを目指そうとするとき、今の自分の最高のプレーは出発点にすぎません。森はそう選手達に指導します。森が本当に選手に求めているのは、理屈よりも強くなりたいという執念かもしれません。フットボール未経験者が限られた活動時間で最速に成長していくためには、あらゆるチャンスをものにし貪欲に成長しようという執念が必要です。

 

「俺たちはアスリートとしてはまだ二流だ。だが、やり方次第で『舐めてかかってくる一流』には勝てる。でも俺たちがやるべきことをやっていなかったら勝機は絶対にない」ある日、ハドルの中で森はそう選手達に言葉をかけました。

 

こうして迎えた2019年度のTOP8での公式戦、試合開始前のハドルで森は毎試合同じメッセージを繰り返しました。

 

‐ 練習と同じことをやれ。俺たちは勝つための練習をやってきたはずだ。練習でやったことをそのまま出すことが勝ちにつながる。タックルする時はグランドに足をつけてしっかり足をかくことを忘れるな。気持ちが先走って飛び込んでいくようなタックルはするな。

‐ 思いっきりやって失敗してもいい。躊躇はだめだ。失敗するかもしれないと考えて躊躇があったら練習通りにはできなくなる。練習通りを思いっきりやってこい。

‐ 万が一失敗しても、絶対に後に引きずるな。目の前のプレーにだけに集中して100%を出せ。目の前のプレー以上に大事なものは何もないと思え。

 

これらは勝つためにあらゆる努力をしてきたことを思い出させ、勇気を与えるとともに、今日が本番で、今日勝つためにこれだけつらい思いもしてきたことを自覚させ、だからこそこれまでの努力通りのパフォーマンスをぶつけようというメッセージなのです。

 

そしてTOP8での戦いでこれらに加えて強く協調したのが次のメッセージでした。

‐ 試合の流れの中で「ここが勝機だ」という展開が必ずやって来る。そうした時にみんなの集中力を100%以上に上げろ。やることは練習通りだ、でも「ここが勝負だ」という気持ちをみんなで込めろ。

 

森のメッセージは一貫しています。同じ言葉を何度も言うというだけでなく、様々な表現で発信しながら、いくつかの最も大事なメッセージについて繰り返し何度も伝えているのです。こういったメッセージは日々の活動やコミュニケーションを通じてチームメンバーの頭と心に蓄積され、次第に皆のエネルギーが同じ方向を向き、気が付くとチーム全体がひとつになり団結力が生まれています。

 

森自身が筋の通ったフィロソフィを持ち、すべての活動を「勝つため」にフォーカスしているために、学生たちにも分かりやすいメッセージになっている部分はあるのですが、同時にそのメッセージの伝え方に森の特徴が出ます。

 

彼は自分の考えを伝えるとともに、常に学生に問いかけています。「勝ちたいよな?」「やっぱり俺たちは勝つためにやってるんだよな?」「じゃあ勝つためにはどのくらい強くならないとだめだと思う?」「そのレベルに行くためには何をしたらいいと思う?」こういった問いかけがあり、学生が考え答えにたどり着いているからこそ、森の考えは納得感を持って学生に受け入れられているのです。

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こうしてみると、強い企業を作ることと強い運動部を作ることに共通の要素が見えてきます。「相手」が誰かを意識し、その相手を徹底的に分析し、それに対し自分が何ができるかを突き詰め、決まったアクションを勇気を持ってとことん実行する。企業であれチームであれ、「集団」が強くなりパフォーマンスを上げるようになるためには同じことが必要なんだということでしょう。

 

ところで、メッセージの一貫性という意味では原田も経営者として同じ姿勢を貫いています。原田の場合、まずは自分自身を厳しく突き詰め、またその「ひらめき」に天才的なところがあり、周囲の幹部社員はそれについていくだけで精一杯になってしまうことがあります。しかし、時間を少しかけていけば「なるほど」と唸るほど経営的一貫性が見えてきます。

 

原田はドラムの腕前がプロ級で、自ら主宰するジャズバンドのコンサートを開いたり、実際にプロのミュージシャンとコラボしたりするという一流のドラマーなのですが、その彼が一度こんなことを私に言いました。

 

「ドラムというのは曲のリズムを決めてバンド全体を支配できる立場にあるんだけど、一方で他の楽器と違ってそのリズムを絶対に崩してはいけないという宿命を持っているんだ。アドリブを入れて一人自由に演奏したりできない、その分つまらないとも言えるんだ。」

 

経営者、リーダーも同じなのではないかと思います。その集団のゴールを定め、全員をそのゴールに向けて動かし結果を出させる。ゴールに向かっての全員のリズムに常に耳を傾け、ズレが生じないよう、一貫したリズムのタクトを振るのが指導者の役割になるのでしょう。

 

原田と森にはもうひとつの共通点があります。それは2人が指導者として行動している時に発している雰囲気、オーラです。2人ともゴールに向かってあらゆる努力を傾注していくという「凄み」を持っており、その執念はファナティック(熱狂的)ですらあるのですが、同時になぜか常に冷静で理性的な雰囲気が漂うのです。

 

これは2人が、ゴールを成し遂げるために何が必要か、常に考えに考え抜いているからだと思います。2人の共通点はゴールを成し遂げることの「本気度」です。「本当の本気」で何かを成し遂げようとしたとき、決して「精神論」にはならないはずだからです。

 

倒れるまで頑張るのではなく、与えられたリソースの中でどうやってゴールに到達するか、考えに考え抜き、もっとも投資効率の良いやり方で全体を動かそうとするはずです。そして何をどう動かそうとしているかその構成員に分からせ、彼らのモチベーションを高めることで全体の力を最大限に出させようとするはずです。

 

こうした考え方に合意ができている集団は、ゴールに向かう気合はファナティックであっても、その行動においては冷静さや理性の雰囲気が出てくるものです。

 

ブログの第一回目にも述べましたが、こういう指導者のこんなやり方がもっと日本の企業に取り入れられたら、優秀な日本のビジネスパーソンたちはもっと活性化され、結果、企業も活性化され経営者にとっても社員にとっても、勢いのある活躍の場が提供されることになるのになと考えています。

 

次章 第5章 運動部は誰のもの? に続く。

 

コメント

関 剛夢さん

東大アメリカンフットボール部2019年度主将

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 2019年春、部の歴史で初めてウォリアーズはTOP8のチームとして始動し、秋の公式戦を展望して練習試合がいくつも組まれました。TOP8であることのプライドを持ち、そこで戦うことを待ち遠しく思う反面、正直なところ部員は大きな不安を抱えていました。私たちが本当にTOP8で戦えるのだろうかと。

 

こんな時、森さんからは大変ポジティブなメッセージが出されたのです。

「今年のチームでTOP8のチームを圧倒して優勝するレベルになるのは難しいかもしれない。だが、今年のチームもTOP8のどの相手にも勝つチャンスは絶対にある。だからどうしたら勝てるか、真剣に考えそれを実行していこう。」

 

このメッセージを受け、私たちも、まだ力不足だが同じ土俵に立ったからには勝つチャンスがあると信じよう、一泡吹かせてやろうと意気込みました。

 

しかし、春のシーズン、ウォリアーズは強豪校との実力差を見せつけられる形で負け試合を重ねました。

 

自分たちは森さんの言う「勝つイメージ」を追求してきたつもりが、実は実力差を客観的に把握しないままに、その差を埋めるのに十分な準備をしないままに「もしかしたら勝てるかも」とただ期待していただけだったんじゃないか、「勝つチャンスがある」という考えにすがり、甘えていただけなんじゃないかと、自問自答の日々でした。

 

でも、そんな春シーズンを経ても、森さんのメッセージは一貫していたのです。

「このチームに残された時間と、他のチームとの間にある実力差とを鑑みると、このチームが始まった時よりも苦しい状況になったかもしれない。でもそれでも勝つチャンスは絶対にある。」

 

これに加えて森さんは、秋の公式戦開始直前にこんな事を皆に言ったのです。

「今年の戦績を上げる事だけを考えれば、実力差のある上位校との試合は流して、下位校との試合に照準を絞り残留を目指すという考え方もあるかもしれない。しかしそれではいつまでも残留しか目指せない。ぼろぼろになるかもしれないが、どの相手にも本気で勝ちに行く」と。

 

森さんのフットボールに取り組む姿勢は常に最高峰を見据えたものであり、これがぶれる事はありません。また、その根底には「勝負するからにはどんな結果もあり得る、だから勝つための努力を惜しまない」という勝負に対する執念があり、これが次第に今年のウォリアーズにも根付き始めました。

 

秋の公式戦が進む中で、私たちの気持ちも急速に変化していきます。どの試合も厳しい戦いになるが、それでも勝つ可能性は必ずあると信じよう、そして勝つために何をすべきかを考え、それを練習で身に着け、試合で出し切ろうと気持ちが高まっていったのです。格上の相手に対しても「もしかしたら勝てる」から「勝つチャンスがある」という意識に変わっていきました。結果的には一勝に終わりましたが、来年につながる経験を重ね、春から見れば大きく成長することのできたシーズンでした。

 

創部以来成し遂げていない「日本一」というミッションを果たす事、これはこれからのウォリアーズにとって大きなチャレンジです。しかし、ウォリアーズにとって最も重要なチャレンジは、まずは最高峰にふさわしい姿勢でフットボールに取り組む集団へと変わっていく事なのだろうと思います。そうすれば日本一も見えてくるはずです。

 

ウォリアーズはこれからそんなクールな集団に必ず変わっていけると心から信じています。

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ウォリアーズ2020年度主将の記事紹介:
3月にアメリカで「日本代表vs.米育成プロリーグ選抜」の試合が予定されていますが、この日本代表チームに2020年度ウォリアーズ新主将・唐松星悦(からまつ・しんえ)が選抜されました。添付はベースボールマガジン社のネットニュースで、唐松のことが特集されていますので、ぜひお読みいただければ幸いです。