ブログ公開にあたって、その公開を奨めた者より
筆者は東京大学運動会アメリカンフットボール部の支援を目的とした法人(一般社団法人東大ウォリアーズクラブ)の代表理事です。スターバックスコーヒージャパンCOO(最高執行責任者)、日本マクドナルドCAO(上席執行役員)など企業で要職を歴任してきました。長年厳しい国際ビジネスの場に身を置いてきた筆者はいま、母校アメリカンフットボール部の強化というテーマに取り組んでいます。
筆者は現役部員たちに「大人」といわれています。親でもなく、大学の先生でもなく、ただのOBでもなく、就活でお世話になる方でもない「大人」。経営者としての経験をアメフト部の経営に持ち込み、学校にはない発想で自分達の環境を変えてくれる「大人」。その姿は学生達には「好ましい大人」と映っているのでしょう。
一方、筆者は自分の行動の原点は「若い人たちのために」という気持ちだと言います。利害ではなく善意で行うことであるからこそ時には関係者と衝突することもあります。しかし何のためにしていることなのか?若い人のためじゃないか、と原点に返ることでまた進むことができると言います。
それでは筆者、好本一郎氏の手記をお届けします。「企業」という枠組みから自由になり、社会のためにその経験を活かす姿は多くの方の指針となるのではないでしょうか。
日外アソシエーツ 編集部 青木竜馬
【著者紹介】好本 一郎 よしもと いちろう
東京大学法学部卒、コーネル大学ジョンソンスクールにてMBA取得。日本電信電話勤務を経て、アップルコンピュータージャパン人事本部長、スターバックスコーヒージャパンCOO(最高執行責任者)、ジョンソン・エンド・ジョンソン・メディカルバイス・プレジデント、日本マクドナルドCA0(上席執行役員)など要職を務める。
現在、東京大学運動会アメリカンフットボール部の支援を目的とした法人、(社)東大ウォリアーズクラブの代表理事
それでは第一回目のメッセージをお送り致します。
今後10回程度の連載を予定しています。
東大アメリカンフットボール部ウォリアーズの軌跡
企業経営と運動部経営― 共通するフィロソフィー
はじめに
■二人の師匠
大学卒業以来40年間、ビジネス界で生きてきた私には自分の師匠だと思っている経営者が二人います。一人はハワードシュルツ氏、もう一人が原田泳幸氏です。
ハワード・シュルツ氏は言わずと知れたスターバックスの創始者です。同い年の彼に初めて会ったのが45才のころ、私がバクスターヘルスケアジャパンのある事業部の責任者をやっていた時です。当時スターバックスは日本上陸直後で、まだ20数店舗開いたばかりでしたが、日本市場での手応えを感じ経営陣に日本人のリーダーを入れようということで声をかけられたのがきっかけでした。
原田泳幸氏は、ご存知のとおり日本を代表する経営者で、アップル、日本マクドナルド、ベネッセのCEOを歴任された方で、直近ではタピオカティーで知られる台湾のカフェチェーンの日本法人のCEOに就いています。原田さんとはアップル時代に親交があり、そのご縁で彼が日本マクドナルドのトップに就任した後呼ばれ、約8年間すぐ近くで仕事をさせてもらいました。
二人は違うタイプの経営者に見えますが、傑出したリーダーとして、いくつも共通点を持っています。
・ ゴールを明確に示すこと
・ そこにどうやってたどり着くかをクリアに示すこと
・ 途中でブレないこと
・ 同僚、部下に対してプロとしてのリスペクトがあること
・ 企業価値は社員の価値の総和であることを自覚していること
・ そして、自分が目指すゴールの価値を信じ、情熱と信念を持って進むこと
二人からは大きな影響を受けました。自分の体の中に経営者としての「核」を作ってくれた、まさに師匠と呼べる存在です。私としては、ハワードに経営者として歩くべき道を教わり、原田さん(以下敬称略)にその道をどう歩いていったらいいかを教わったという思いです。
■経営者として挑戦し解を求めてきたこと
私が経営者として常に挑戦し解を求めてきたのが「どうやって社員のモチベーションを上げ会社価値を上げるか、どうやってビジネスパーソンとして人が活き活きできる環境を作るか」という問いでした。
私は1970年代後半にNTT(当時は日本電信電話公社)に入社、約10年の勤務を経てその後おもに外資系企業で経営の仕事に携わってきました。
この間約40年、日本経済は一度は世界の檜舞台に立ち、転落し、再生の道を模索し、クリアな答えのないまま今に至った感があります。
日本で働く多くの人たちは、この大波に翻弄され続け、最初信じていた規範に裏切られ、それでも心情的にそこから抜け切れず、自分で自分の後ろ髪を引きながら、一方では真面目に「変わらなくては!」と呟き続けてきました。
日本人は優秀です。強み弱みはあるものの、ビジネスの舞台で、トータルの力としてレベルの高い人たちが多いことは間違いありません。でも日本国内の人材市場を見る限り、特に最近は企業がその力を十分に引き出し、活用してきたとは到底思えません。
一方でビジネスパーソン側も、会社のやり方をそのまま受け入れるしか手立てがなく、いわばそれを自分への言い訳にして、会社と手を取りながら課題の多い雇用ストラクチャーの一部となってきてしまいました。
優秀な日本人がもっと充実した幸せなビジネスパーソン人生を送り、結果として企業がその力をもっと高めていく、こうなるための雇用関係がどうあるべきか(これについての自論は後程また述べることにします)が問われます。
ところが最近になって、私が実感し考えてきた人材の活性化、育成のための道筋を意外な場所で目の当たりにしたのです。それはビジネスの場ではなく、グランドの上でした。
東京大学アメリカンフトボール部(東大ウォリアーズ)ヘッドコーチの森清之氏が同部を強くするために実践していたのです。
■優れたアメフト指導者との出会い
ビジネス人生を経て、ひょんなことから2017年冬より、東大ウォリアーズの支援の仕事を引き受けることになりました。ウォリアーズは東大アメリカンフットボール部のチーム名で、私もそのOBの一人です。
ここで、私が教わり、考えてきた経営哲学をアメリカンフットボールという舞台で、チームを率いて見事に実践している人物がヘッドコーチの森清之氏です。彼はフットボール界では誰もが知る有名人で、京都大学時代に選手として、そしてコーチとしても日本一を経験、その後社会人リーグ(Xリーグ)で監督として日本一を掴み、二度にわたり全日本の監督も歴任した人です。
東大ウォリアーズは60年以上の歴史を持ち、関東100校の中でも常にトップ10に入る実力を持っていますが、どうしても強くなりきれず、なかなか優勝を狙えるステージにいけませんでした。そこで、これまでの伝統の上にさらに高いレベルのチームになろう、本気で日本一を目指そうという思いで三顧の礼で迎えたのが森さんでした。森さんにはプロのコーチとして就任していただき、その後現役に対する支援チームとして一般社団法人東大ウォリアーズクラブを設立したのです。森さんの優れた指導力でウォリアーズは2018年度にBIG8(1部下部リーグ)で優勝し、2019年度からTOP8(1部リーグ)に所属しています。
企業と運動部はその位置づけから共通点があります。戦う集団であり、指導する側とされる側の上下関係があり、勝つという同じ目標に向かって一緒に進んでいくチームというところです。また、結局はプレーをする側(指導される側)が本番でどれだけ自律的に高いパフォーマンスを上げることができるかにその集団の浮沈がかかっているという点も共通です。
本稿では、私がビジネスで経験した課題や問題意識に触れながら、森さん(次章以降敬称略)が「現場の経営者」としてウォリアーズ指導の中でどんな回答を出しているのか掘り下げ、加えて今の日本の大学運動部の在り方、学生の育成方法、そして企業における人材育成・活用についても次回以降、さまざまな角度から問題提起をしていきたいと思います。
次回、「第一章 勝つイメージを作れ」に続く