東大アメリカンフットボール部ウォリアーズの軌跡   

企業経営と運動部経営― 共通するフィロソフィー

第6章 森オーガナイゼーション

■レベルの高いチームとしての組織化

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ウォリアーズは2019年度のシーズンで部員が190名(選手140名、スタッフ50名)を超え、これにプロ及び学生コーチやメディカルスタッフなどを加えると220名超の大所帯となりました。キャンパスも駒場(1,2年生)と本郷(3,4年生)に分かれています。このサイズの集団の規律を維持し、かつゴールに向かってチーム全体に効率的な動きを維持させるのは並大抵のことではありません。

 

そもそもフットボールは組織的なスポーツで、強くなるためには日々の練習を通して頭も心も一つのチームとしてオーガナイズしていくことが大切です。これに加え東大にはスポーツ推薦もフットボール部を持つ付属高校からの入学もなく、入学時はほぼ素人集団です。この素人集団をいかに素早く効率的に鍛え上げ、レベルの高いチームとして組織化していくか、このスピードが、私学の強豪校に肩を並べるための第一歩として欠かせない要素となります。

 

図1は森がウォリアーズの部活動をどんな仕組みで運営しているのかを表したものです。 

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図1

活動はその時間軸で大きく二つに分かれます。ひとつが日々練習の流れで、もうひとつがトレーニングやメディカル、栄養といったもう少し長い期間を要するベースの部分です。

 

練習は事前のミーティングを通じて入念に準備されます。このミーティングは森、その他のコーチ、そしてスタッフにより構成されますが、ここでスタッフが大きな役割を持ちます。スタッフ(50名)は、マネージャー、トレーナー、SA(作戦スタッフ)の3つからなりますが、彼ら、彼女らがデータの収集、分析を連日行い、ミーティングのための資料をまとめ代表者が自らミーティングに参加します。

 

このミーティングでの議論を通し綿密な練習計画が策定され、これがコーチ、スタッフの主導で練習の場で実行に移されます。練習は常に分単位で管理され、全体の流れを仕切るのがマネージャー、一方でSA(作戦担当)は各パートのその日の課題を確認しながら、選手たちに指示を出したりコーチに進言するなどしていきます。また学生トレーナーたちは練習中の選手の状況をフォローしながら、ケガ等で別メニューを進める選手を one on one で指導していきます。そしてこの練習の様子はマネージャーによりすべて動画で記録され、翌日のミーティングに活かされていきます。

 

これらの機能に加えて一昨年よりスタッフ部門としてマーケティングチームがあらたに結成され、ウォリアーズブランドの向上や企業協賛等の活動で貢献しています。

 

これらスタッフの多くが女子で、全員が東大の学生です。ずっと以前には運動部のマネージャーと言えばほんの数名で、他大学の学生の場合も多く、いわゆる部活動のお手伝いをしてもらっていた時代もありました。でも今は違います。

 

これらスタッフは正に森ヘッドコーチの右腕で、チームの頭脳であるとともに強力なエンジンとなっており、チーム力向上の重要な部分を担っているのです。その中でもマネージャーたちはスタッフ部門全体をまとめながら選手とスタッフ間のコラボレーションを統括していく、言わば組織の神経系を司る重要な役割を担っています。

 

彼らの機能をフルに活かしながら森は毎日の練習を組み立てていくわけです。ここで夏合宿での活動の例をひとつご紹介しましょう。

 

■具体例 ― 夏合宿

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2019年夏合宿

合宿ですので午前も午後も練習があり、昼や夜にはミーティングもあるという忙しい日程になります。午前中の練習も上記のように事前に作った綿密な計画に基づき分刻みで進み、その様子は逐一映像に収められていきます。

 

午前中の練習が11時過ぎに終わり、選手はシャワーを浴び昼食に入りますが、森をはじめとするコーチ陣とSAの学生たちはそのままミーティングとなります。このミーティングで特に試合形式(スクリメージ)の部分について、午前中の映像を逐一チェックします。プレーによっては何度も繰り返して見ながら、森がひとつひとつのプレーについてどんどんコメントを述べ、その内容を学生スタッフが記録していきます。全体を見終わった段階で森から総括的なコメントがありこれも記録されます。あっという間に2時間が経過し、ようやく彼らは昼食をとることができます。

 

そして昼食後、学生スタッフの責任者がオフェンス、ディフェンスに分かれ選手たちとミーティングを持ちます。先ほどの森のミーティングでのコメントのフィードバックをするためです。実際の映像を見せながらコメントの内容、その意味、背景、今後のアクションについて選手に語り、また選手からも意見が出てディスカッションとなり、これらの内容が今度は午後の練習に活かされていきます。

 

運動部というと選手のイメージばかりが先行しがちですが、現代フットボールにおけるスタッフの位置づけは一流チームとなるための必須の要件です。このスタッフの仕事を4年間経験することによる学生の成長にも素晴らしいものがあります。この組織運営はまるでひとつの企業のようであり、会社組織のミニチュア版のようにも見えます。その中でトップ(森ヘッドコーチ)の間近にいて、戦略展開上の重要な部分を担う経験は貴重で、彼ら、彼女たちの仕事ぶりを見ていると、そのまま企業に連れていって使いたくなるほどです。

 

さて、こういった毎日の積み重ねで選手たちを育成していくわけですが、一方でチーム力向上のためのベースとなる少し長いサイクルで動いていく部分があります。それがメディカル、トレーニング、栄養管理です。

 

■メディカル体制

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メディカルには2つの側面あります。ケガが起きた場合の医学的なフォローと、その後の回復プロセスへの医学的なサポートです。東大の現職医師をはじめ4名の医師がチームドクターとして登録しており、また選任のトレーナーを雇用するとともに理学療法士と契約を結びリハビリの強化を図っています。

 

試合には必ず複数のドクターが参加しケガ発生直後の対応をするとともに、その後の専門医による診断等の指示を出します。この指示に従い診断を得た後は、専門医やチームドクターの考えを元に個別のリハビリ計画を立て、担当学生トレーナーがアサインされ、計画に基づいた個別メニューを進めていきます。この学生トレーナーの知識と責任感のレベルは非常高く、選手たちも彼ら、彼女たちの指導にきちんと従っていきます。

 

かつてはケガとなれば練習を休み、グランドに足を運ばなかったり、来たとしてもじっと仲間の練習を見ているだけという時代もありました。しかし今では、ケガがあっても基本的にはグランドに来て、与えられたリハビリ計画をトレーナーの管理の下進めていくのです。

 

ケガをした場合、いつ全体練習や試合に復帰するかについてはドクターの専門的判断を仰ぎ、「大事な試合だから」とか「本人がどうしても出たがっているから」というような理由だけでコーチが決めることはしません。その中でも脳震盪、頭部外傷については特別に厳しいルールを部内で決め、日本臨床スポーツ医学会・学術委員会・脳神経外科部会の提唱する「頭部外傷10か条」を守ることを自らに課しています。

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森は父母会の席でこう発言しています、

「例えば4日後に今シーズンで最も大事な試合がある場合でも、もし4年生のエースQB(クォーターバック)に脳震盪の疑いがあり、部内ルールで4日後の試合出場がNoと判断される場合、何があってもこの選手は出しません。本人がどんなに出たいと言ってもダメです」。

 

「1年間これだけがんばってきたのに」「チームが勝つことはみんなの願いだ」「本人だって4年間この試合のために頑張ってきたようなものだ」「もしこれで負けたら本人が一番つらいはずだ」などなど、運動部関係者の胸の中にはいろんな気持ちが湧きおこってくるでしょう。だからこそ明確なルールを定め自分達を縛っていく必要があるわけです。

 

これまで学校の運動部では学生の故障に対して十分に医学的なフォローを行わず、痛みをこらえてプレーすることをむしろ礼賛する空気すらありました。これには運動部のタテ社会的プレッシャーも関わっていますが、実は運動部を取り巻くステークホルダーたちからの勝利への期待の声も同じ圧力を呼んできたと思います。スポーツだけでなく日本社会全体に「倒れるまでがんばれば許す」風土がまだ根強く残っています。高校野球の投手の球数制限がようやく話題になって来ましたが、いまだに賛否の議論をしている段階であり、学校スポーツの指導者たちには、学生の将来を第一に考えた育成方法を取り入れてもらえればありがたいと思います。

 

このメディカル体制に並ぶのがトレーニングと栄養管理です。これらについてはすでに第2章 『「心技体」ではなく「体技心」』でご紹介したとおりで、ドーム社の力強いサポートにより専門指導者による科学的、計画的な指導が行われ、すでに大きな成果が出てきています。

 

■まるで会社だ

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2020年キックオフミーティングの様子

こういった活動体制や各領域の専門家の活用は、強豪校では今や当たり前のことなのかもしれませんが、40年ぶりに部活動の現場を見た私には驚きでした。「まるで会社だ」というのが正直な印象でしたが、さらなる驚きは、形だけでなくこのウォリアーズの組織に見事に血脈が通い、スムーズに動いていたことでした。

 

実際のところ、森には苦労があったと思います。

 

彼が受け取ったチームは強豪校のレベルからはまだ遠く、部員や関係者の意識も彼の望むレベルからは距離があったはずです。

 

彼自身に実績があるとは言っても他校出身であり、ウォリアーズに多くの知り合いがいたわけではありません。ご存じのように各運動部にはそれぞれ特有の文化と風土があります。

 

しかも、当時プロコーチは実質的に彼一人であり、組織をスムーズに動かすために学生コーチ(5年生、大学院生)が大きな位置を占めていました。しかし、その学生コーチたちもそれまで森の指導を受けてきたわけでなく、「森イズム」を初日から理解できたとは到底思えません。

 

その一方で周囲の期待はいやが上にも高まります。「鳴り物入りで入ってくる有名指導者」vs.「固唾をのんで迎える学生」、こんなシチュエーションから始まった森体制です。

 

そんな中、彼は実に自然に、当たり前のことを分かりやすく語りかけ、学生たちを引き付けていきました。体制づくりが想定以上にスムーズにいった根底にあるのは、森が早々と学生との間に信頼関係を作ったことだと思います。

 

ビジネスの世界にいた私は、そこここで森に経営者の臭いを感じます。そもそも企業と運動部には類似点が沢山あります。どちらも多くの人がひとつのところに集まり、共通のゴールに向かう集団だし、それを構成する個々の人はそれぞれ違う役割を持ち、違う価値観や個人のゴールも持っています。リーダーはこういった人たちのモチベーションを高め、全体として同期を取り、リソースを最適に配分することによって効率的にゴールを目指さなければなりません。

 

学生や関係者との信頼関係を築き、体制作りをしていく上で、森が示した姿勢や行動には、優れた経営者に特徴的なそれとのオーバーラップをいくつも発見するのです。

 

  • 自らゴールを示し、説得力のあるメッセージを一貫して送る
  • 全体をいくつかのファンクションに分け、各ファンクションのリーダーの責任範囲を明確にし、実行においてはデレゲーション(権限移譲)を進め、基本的に日々の活動は彼らに任せ、彼らの判断をリスペクトする。
  • 定期的な Face to Face のコミュニケーションをルーティン化するとともに、ITシステム・ネットワークを駆使して、基本的な情報はなるべく全員で即時シェアを進める。
  • データやファクトを重視し、これらを重要な決定のベースとするとともに、決定のロジックについて関係者に分かりやすい説明をする。
  • 最適なリソース配分をすることを意識している。中でも時間というリソースに対して意識が高い。
  • すべてにおいてリーダーシップを明確に示すとともに、最終責任は自分にあることを明言している。そして、逃げない。

 

次章 「第7章 執念」に続く。

 

 

甲府方ひな子さん 2019年度 主務(スタッフの統括責任者)

コメント

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『選手もスタッフもコーチも、フットボールの下では皆平等だ。それぞれ違う役割を持っているだけで、上下関係ではない。』

 

私がこの意識を持つようになったのは、森さんがヘッドコーチに就任されてから少し経った頃でした。

 

私が2年生にあがる時、チームは新体制になりました。その頃は「新しい監督とヘッドコーチが来るらしい」といった程度の認識で、あまり深くは考えなかったものの、環境が変わることに対する漠然とした不安は感じていました。

 

しかし、徐々にその不安は消え、次第にウォリアーズのこれからに期待感を持つようになりました。そのきっかけはいくつもあったのですが、その中でも冒頭で紹介した言葉を強く意識するようになった出来事を紹介します。

 

新体制が始まったばかりの2017年の3月頃、授業の関係でマネージャーの人数が少なかった日の練習中、ビデオ撮影に使うための脚立を私は一人で運んでいました。なかなかうまくいかず手間取っていると、森さんがすっと横から来て脚立を代わりに運んでくれたのです。ヘッドコーチにこんなことをやらせてはと慌てて脚立を持ち直そうとする私に、森さんは「手が空いていたから運ぶんだ」というくらいの普通の様子でそのまま脚立を運び、特別なことをしているという雰囲気が全くなかったのです。

 

それまでは1年生だったこともあり、ヘッドコーチや監督、コーチといったいわゆる「大人」の方々は、選手・スタッフよりも「上」の遠い存在だと思っていましたが、そうではないんだと意識させる場面や出来事を積み重ねる中で、考え方は変わっていきました。

 

コーチも選手もスタッフも、勝利に向かうときのアプローチの仕方は違っていても、それぞれは「役割」であって、これらの役割が集結して強いチームを作る。だからフットボールという競技の下では皆平等であると認識するようになったのです。

 

 

ただ、森さんのメッセージをこのように理解できるようになるまでには一定の時間がかかりました。2年生の私でもそうだったので、これまで何年も違う環境にいた先輩方には尚更時間が必要だったかも知れません。

 

それでも森さんから繰り返し言葉をかけられ、それを自分自身の中で咀嚼し、周囲と意見も交わして更に考える中で、次第に自分たちのものとして体感するようになってきたのです。今年の現役は1年生から4年生まですべて森さんの指導の下でやってきた部員となります。きっと私たちよりも、更に自然に森さんのメッセージを理解し、自分たちのものとして行動していけるのだろうと思います。

 

森さんからは沢山のことを学びました。今回ご紹介した話もそのごく一部に過ぎません。これら森さんの教えのベースにある考え方が、私にとってもチームにとっても最も大きな学びです。それは「自分で考える姿勢と習慣を持つこと」です。

 

与えられたものを何も考えずに愚直にこなすのではなく、その意味を考えて実行すること。チームの勝利に貢献するためには、自分に何ができるかを考えること。これらは今では当たり前のこととして部員の心の中にあります。こうした「考える文化」がさらに深まりウォリアーズの伝統となっていく過程で、チームの水準はさらに上がり、日本一を目指せるようになるのだと思います。

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G-SHOCK プロモーションビデオのご案内

 

東大アメリカンフットボール部はCASIO(カシオ計算機株式会社)と提携し、ウォリアーズ版のG-SHOCKを制作していただいたり、G-SHOCKのプロモーションビデオ制作にご協力したりしています。今年のG-SHOCKプロモーションビデオはSA(Student Assistant:作戦担当)の学生部員にフォーカスを当てたものになりました。添付のリンクをご覧ください。

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